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はいずる翼 93
ただ事ではない状況に、ゆっくり風呂に入っておいで……とは言えない無力さにいらつきながら、陶器の破片をできるだけよけて散らばった食べ物を片づける。
「あの みなちゃん、ありがとうございます」
本当に体の汚れを流してきただけなんだろう、乾いた髪の上に雫を散らしたままミクが慌てて帰ってきた。
オレの方は、そんな短時間では焼け石に水程度にしか片づけることができていなくて、歯がゆさに手元のゴミに視線を移す。
「全然。こっちはやっとくから、……お母さんは?」
「 寝ちゃいました」
わざとなのか、それとももうそういった性分になってしまっているのか、ミクは少しおどけるような雰囲気を出していい、やっぱりへたくそな笑顔を見せる。
そんな、笑いたくもないのに笑わなくてもいいのに。
言ってやりたい言葉が喉元からせり上がって、けれど口に出せずに終わる。
真夜中に訪れて掃除をしている……これだけで、客と男娼の関係なんかじゃなくなってきている。
仕事上、客とはそこまで親密になるのはご法度で……愛を囁くのも親切にするのも……すべて商売だからだ。
なのに、オレは、なにを。
「 オレに話してみるか?」
「え?」
「寄らば文殊の……なんて言うやろ? なんか今、ミクちゃんが困ってることの解決の端っこの方くらいは見つかるかもやん?」
ミクのようにおどけてにっこり笑ってやると、ほんのわずかだったけれどミクの肩の力が抜けたのがわかった。
オレの軽口が、ミクの肩に載っていたものをほんの少し下ろすことに成功したようだ。
ムードメーカーが自分からオレに移ったのだとわかれば、本心も言いやすいだろう。
「な?」
にっこり笑ってミクを見つめた時、引き戸の、向こうから呻くような声が響いて……ふわりとほころびうそうになっていたミクの感情が一気に閉じて、背を向けられてしまう。
「お母さん?」
そっと穏やかな声をかけながら戸を少し開けて確認し、ミクはほっと胸を撫で下ろしながら振り返った。
「うなさ……いえ、寝言なんだと思います。ちゃんと寝てくれていました」
安堵はあからさまで……
ミクは母親が寝ていてほっとできているんだってオレに教えてくる。
「ミクちゃん、オレは……どう頑張っても部外者やし、職業柄あんま信用でけん人間やけども、ミクちゃんのことが素で心配やし、力になりたいって思う。…………だって 」
言葉が消えた。
いや、消えたというより、どう表現していいのかわからなくて、探しあぐねてしまった。
だって、それはもう自分自身の中にはなくて、和歌に上げてしまったものだったから……
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