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はいずる翼 96
ぎちぎちと音が立ちそうな痛みに言葉も出せないままじっとしているオレに、ミクは申し訳ないです と言ってからタクシーを呼ぶために背を向けてしまった。
「 っ」
違う の言葉が出ないまま、奇妙な痛みに吹き出る冷や汗を感じる。
「ここ、わかりにくいので少し出てきますね」
「ゃ 」
電話を終えたミクが懐中電灯を持って玄関に向かうのを止められず……
背中が見えなくなってやっと息を吐き出せるまで痛みが引いた。
「……なんや?」
過ぎ去ってしまえば痛かったのは記憶ばかりで、薄っぺらな腹には何も感じない。
ただただ、ミクとの会話を邪魔したそれは沈黙を続けるばかりだった。
退院して小金井に連れてこられた先はどこにでもある小さなワンルームマンションで、しばらくは自分の店を手伝えばいいよと言われてそのまま影楼の事務所を手伝っていた。
碌に社会生活をしていなかったせいで電話番すらまともにできなかったけれど、それでも和歌がオレを預けた小金井の元にいるために何もかも必死で……
「 そー! 大神さん」
備品の補充をしていた際にその名前が耳に飛び込む。
思わずはっとそちらを向くと、キャストがきょとんとした顔をした。
「お 大神 さん、は、有名な人、なんですか?」
このキャストが言っている大神があの大神とは限らない。
むしろ違う可能性の方が大きくて、尋ねた後に思わず口に手を当てた。
「あ? あんたも保護されたクチ?」
「保護……?」
「違うの? 僕の育った施設って最悪でさぁーそこから連れ去ってくれたのが、大神さん」
そのキャストはふふん と嬉しそうに言い、隣のキャストにからかわれてはしゃいでいる。
「連れさ……」
ざわ と胸の内に冷たい氷が落とされて、足が凍えて動けなくなるような感覚に陥ったが、キャスト達はそれに気づかずに大盛り上がりだ。
「今度、接待でついてって言われててー」
嬉しそうにするキャストに周りは前のめり気味だった。
話に名前が出ただけでこんなに食いつかれるような人なんだろうか?
「でもっ……怖くない? ……ヤのつく人でしょ?」
「人身売買くらいしてそう!」
「舎弟とかぞろぞろ連れてたり?」
「ちょ……ヤがついたのは親の世代までだし! それにいい人だよー? チップも凄いし、ちゃんと前戯も後戯もしてくれるし、無茶言わないし、臭くないし、アブノーマルなプレイ一切ないし!」
そう言うとキャストは両手の人差し指と親指で輪っかを作る。
「立派だし」
きゃーと黄色い声が上がるのを、現実感もなく聞いていた。
「入るの?」
「無理無理無理! ヒートの時なら入るかもだけどー」
自分で言っておいて恥ずかしかったのかキャストの顔はほんのりの赤らんで、照れくさそうにしている。
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