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はいずる翼 98

 いつの間にかチェストの金額はとんでもないことになり、書き留めた大神の情報のメモは枚数だけがかさんだ。  子供はもうとっくに赤ん坊ではなくなっていて……  和歌からの連絡をただひたすらに待ちわびる自分は、泥の重さに耐えきれず地べたで這いずる鳥のようだった。  チェストの中の金を眺めて、これだけあればミクが言っていた施設に母親を入れることができるのだろうかとぼんやりと思う。    子供のためにと貯めたものだったけれど…… 「あの子も、大きなったんやろか」  しくり と腹が痛んだ気がして、抱えるようにしてうずくまる。  子供がお腹にいた頃、和歌がいなくて寂しい時はよくこうやって身をかがめるようにして語り掛けていたけれど。  それも、今はもう霞むような遠い昔の話だ。 「   ────っ」  はぁ と大きく空気を吐き出して、自分が息を止めていたことを知る。  肺に入り込んでくる空気は、何もないがらんとした部屋の香りがした。  湿っぽくて黴臭くて、淀んだそこは人の生活する空間ではなくて、死体を収めた墓廟だ。  オレはここで生活する人間ではなく、ここで淀み続ける過去の遺物……いや、残りかすなんだろう。 「ミクちゃんの家は、生きてるって感じがしたなぁ」  親子の写真が飾ってあったり、新聞紙が重ねられていたり、ミクと母親それぞれの専用の食器があって……旅行に行った先のお土産もあって、雑然としていたけれど生気が感じられた。 「このお金、……ミクちゃんは受け取ってくれるやろか?」  次第に強くなる痛みに顔が歪むのを感じながら、オレは堪えるために小さく身を縮めた。 『  受け取れません』 「ミクちゃ   」 『  受け取る理由がありません! ぼ……僕は……』  電話の向こうでミクが言葉を震わせている。  その震えが好意的なものではいことは、援助を申し出たのに断られたことでもはっきりとしていた。  そりゃ……安くない金額をいきなり無利子無期限で貸す なんて、警戒してしかるべきだ。 「あ、いや、何も、ないんやで?」 『ないから受け取る理由がないんです、僕とみなちゃんの間には   そ、んな   』  そんな金の貸し借りができるような関係はない! といいたいんだと思う。 「なんもないって言うのは下心やで? ……別に、これでミクちゃんが欲しいとか、言わんから」 『っ!!! あ 当たり前ですっ! 僕はそんな値段をつけてもらえるような人間じゃ   』 「そんなことない! 幾ら出してもええ!」  オレが怒鳴り返した途端、ミクの言葉が途切れた。 「援助分で足りん」  追い打ちのように言ってやると、電話の向こうで息を飲む気配がする。  

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