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落ち穂拾い的な 狂信者

 やっと感情が落ち着いたところでみなわは……若葉は事務所から出て行った。  その背中を見送り、窓の外にその姿を見つけてやっと息を吐き出す。 「あ れは、なんだ⁉」  思わず声が漏れたけれど、事務所に一人しかいないのは幸いだった。  「あれはなんだ⁉」を大声で繰り返す俺はどれほど滑稽で狂人じみていたのか……けれど、若葉のあの姿はその言葉にふさわしかった。  この世の不幸をすべて背負ったような幸薄そうな佇まいでどこか冷めた目をして過ごしていた若葉。  最近は気になる奴がいるような素振りを見せて、仙内の呪いが解けたのかと見ていたが……  一瞬だ。  十数年かけて薄まっていた呪いが、一瞬にして元に戻った。  普通はこんな店に置いていかれたら自分が捨てられたのだとすぐに気づく、なのに若葉は仙内が戻ってくると……子供の行方を今でも探しているのだと信じ切っていた。  しかも、それに対してわずかな疑いも持っていない。 「あり得ないだろ」  尋常じゃない目の輝きと表情に、ぞっとしたのは確かだった。  明らかにおかしい と思わせる表情と言動、開き切った瞳孔の虚ろさを見てしまうと「いやいやお前は騙されているんだよ」と声をかけるのも憚られる。  アレは危ない薬か……もしくは狂信者のソレだ。  若葉が薬に興味がないのは知っている。いや、薬に と言うよりは、生きるために最低限の生活と子供の情報を探ること以外に何も関心を示さなかった。  まるでそれ以外が存在しないかのように、意識から締め出しているといってもいい。  十数年、付き合いのある自分ですら、若葉の意識に入っているのか疑問だった。  それなのに子供の性別も知らないままでいられるものなのか?    チグハグなその姿は、洗脳されているといってしまいたくなる。 「……っ」  ふぅー……と長く息を吐いて心を落ち着け、デスクの上から携帯電話を取り上げて数字を押す。  十二桁の番号の呼び出し音は一瞬で、すぐにぷつりと通話が始まる。 「……鷲見の様子ですが、仙内さんの手紙を渡した途端、興奮して……いえ、中身を疑うような素振りはなかったです。むしろそれを信じ切って泣き出してしまうほどで……」  何をどう表現すれば、さっき自分が感じた気味の悪さを伝えることができるのか…… 「あの  ……この実験は、いったいどういったものなんですか? 先生」  金をもらえるのだから……と何も聞かずに来たけれど、一方的とはいえ長年の付き合いのせいで情が湧いたのも事実だ。  気を悪くしたのか、電話の向こうから返事は来ず、諦めて「報告は以上です」と言おうとした瞬間、   「 ──── 家畜を家畜たらしめるための研究だ」  掠れた年配の男はそう言うと、ぷつりと通話を切ってしまって……後に残るのは後味の悪さだけだった。 END.

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