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落ち穂拾い的な 覚えていない4

「この方達はこちらで処理しておきます。みなわさん、こちら大神からです」    封筒をみなわみ手渡して「食事はまた後日に」と言い、男は一礼して立ち去る大神の後ろを追いかけていく。  動けないままでいる自分を、みなわは励ましながら病院に連れて行き、処置が終わるまでずっと傍に居てくれた。  薄幸の美人という言葉がぴったりの風情は、励ます側ではなく励まされる側がふさわしいと思えるのに、細やかな気配りで一晩中慰め続けてくれて……  連絡先を と食い下がる自分に渡されたのは一枚の名刺だ。  『影楼』と文字の打たれたそれは会社で使うような堅苦しく味気ないようなものとは違い、黒に箔の使われたきらびやかなものだった。  夜職のそれに怯んだけれど、それでも自分を救ってくれた恩人には変わりない。  生まれがそうだというだけでどうしようもない不遇に嘆くだけの自分を救い、慰めてくれたみなわに対して感じる胸の熱は時間が過ぎても消えてはくれなくて。  むしろあの怖いα相手に対等にやり取していたこととかを思い出しては、憧れを募らせて……  名刺を頼りに歓楽街をさまよって、やっと見つけた店は思いの他こぢんまりとしていた。  事前にネットでどういった店かは確認していたけれど、実際に見たそこは生々しくて近寄りがたく、けれどその店の中に恩人がいるし と店の前をウロチョロしているとスーツ姿の男とちょっと色っぽい服を着た人が出てくる。  一瞬、あの時の恩人か⁉ と思ったけれど、出てきたのは全く知らない人だった。  不審者のように店の前にいた自分を見て面接希望と思い込んだのか、人の話を聞かずにぐいぐいと店内へと連れていかれる。  きらびやかだった表とは打って変わった現実的な部屋に居心地悪くきょときょとと辺りを見回す。  早く面接希望じゃないって言わなきゃいけないのに、せめて一目だけでも会ってから……って欲が出て、つい言いそびれてしまう。  だから胡散臭そうな長い前髪の人がいろいろ質問してきても碌々答えられないでいて……   「あん? 新人? 面接中やったんね」  事務所をさっと覗いたのは自分を助けてくれた恩人だ。  思わず「あ!」と声を上げたけれど……恩人は……みなわはきょとんとした顔のまま「出直すわ」とだけ言って、こちらには何の反応もない。 「あ、あの! オレっ」  改めてあの時のお礼を と声をかけてもきょとんとした表情だけが返された。  あれほど親身になって付き添って励ましてくれて……再会した暁にはいろいろな話ができると、信じていたのに! 「  ────年増がいつまで頑張ってんだか」  気持ちがひっくり返るのは簡単だ。  好意は嫌悪にあっさりととってかわって、聞こえよがしに悪口を言ってみたけれどみなわは特に気にした様子もなく、それを咎めるために自分に構うことすらないままある日忽然と姿を消してしまった。    結局、一度も気にかけてもらえないまま自分の心は、行き場を失ってしまった。 END.

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