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落ち穂拾い的な 間に合わなかった1
急変した若葉の様子に、懸命にナースコールを押すことしかできなかった時は自分の無力さを嘆いた。
役にも立たない知識ばかり詰め込まれて、大事な人間一人……いや、三人を助けるための手段が自分には何もなかった。
いけすかないΩ差別ばかりする医師が面倒そうに病室に入って行って……
看護師や他の医師も駆けつけて、個室とはいえ狭いそこから俺が出されてしまったのは当然のことだった。
「戒訴さま、どうぞ外へ。処置もありますから」
「処置 ……っ処置とは⁉」
問い返したことが意外だったのか、看護師はマスクをかけていてもわかるほど表情を変えて、「今から出産になります」と短く告げた。
慌ただしい室内と違って、戸を一枚はさんだ廊下は静まり返って影の吹き溜まりのようだ。
俺は何も言い出せず、手も出せず、何もできないまま……
ガラガラ と保育器が二台運び込まれて、そこでもしや子供は二人? という考えが首をもたげた。
他の病院では腹のエコー写真を撮ったりすると聞くのに、高橋はそのことを聞くと鼻で笑い、もっと他に気にしなければならないことがあるだろう? とぐちぐちと説教を始めたために、子供の写真を見たことがなかった。
それと同様、子供たちの性別も発育状況も何もかも、この医者である高橋が教えることは皆無だった。
だから、俺達に子供の情報は一切なかった。
若葉も不安だろうに、何か言い出すと高橋が聞こえよがしの嫌味を言い続けたり、妊娠している時に使うには危険な薬を処方したりするから、じっと耐えるしかなく。
「ふた ご なのか⁉」
部屋から出て来た看護師に詰め寄ると、色の悪い顔であいまいに頷いてさっと走り出してしまう。
────あ゛ ぁ゛ あ゛
扉の向こうから聞こえるのは獣のような濁った声だ。
痛みに苦しんでいるのだとわかる声に矢も楯もたまらず、扉を開けて病室へと飛び込む。
そこには血まみれの小さな勾玉のようなものを抱えた看護師と、高橋と……ベッドの上で真っ白になって力なく手足を垂れさせている若葉と……
高橋は泣きもしていない小さな赤ん坊に夢中な様子だったが、他の看護師は血まみれでぴくりとも動かない若葉の周りに集まって青い顔をしている。
「 おい 何が 」
小さな塊が保育器に入れられていくことよりも、死人のような顔白でぐったりと手を弛緩させてたまま動かない若葉の方が優先だった。
「若葉っ‼」
「戒訴さま! まだ処置が済んでいませんから! お下がりください!」
「お下がりになってください!」
次々と掛けられる言葉は俺をのけ者にしようとする言葉ばかりだ。
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