509 / 698
落ち穂拾い的な 間に合わなかった5
では隣は……?
視線を移して、ぎゅっと絞られるような痛みを感じて怯む。
そこには赤ん坊がいたらしい形跡はあったけれど、それだけで……空っぽだった。
「は……?」
さっと保育器につけられているメモを見ると、「女・Ω」とだけ書かれていて、それ以外の体重や生まれた時間なんかは何も書かれていない。
残された赤子の香りは、若葉のフェロモンとよく似た香りがしていて……この二人が若葉の腹から取り出された赤ん坊なのは間違いないようだった。
「おい、おい! もう一人はどこだ⁉」
何もわからないままに手を開いたり閉じたりしている赤ん坊に思わず尋ねる。
けれど……もちろん返事なんてない。
俺はさっき倒れていた研究員の方へと駆け寄ると、右手で襟首を掴んで一気に引っ張り上げた。
おもちゃのように揺さぶられて、研究員は呻きすらしない。
死んでいるわけではなさそうだったが、目覚める気配はなかった。
何かが起こって、もう一人の赤ん坊だけ連れ去られたのか?
右手一本では力の抜けた人間を支えきれず、床に投げ出すように手を離す。
「なん 」
誰が? だ。
高橋ではない、ここにいればΩの研究が好きなだけできるのだから、わざわざ赤ん坊を連れ去る理由がない。
痛みに霞みそうになる頭を振ると、目の前を一匹の虫が横切る。
くる と顔の前で輪を描き飛んでいく様につい視線が引っ張られ……────一人の女と目が合う。
「まだ、起きてる奴がいるわね」
ニュアンスは女のそれだったが、声は男のモノだった。
反射的に飛び退き、距離を取って……と体が動いたところで視界の端の保育器が目に入る。
目の前の、男? おとこ……ではないが女とも言えない形をしたソレは不思議そうに首を傾げてから、俺が何に気を取られたのか探るようにぐるん と目玉を動かす。
その先にある保育器に弾かれるようにして飛びつき、全身を使ってそのいきものの視線から庇うように立つ。
「あら?」
妙に腰のくびれた体は男のモノとは思えないが、だからといって女というわけでもない。
頭と胴体、手足がそれぞれ二本ずつで、動いて喋っていて生きている人間のようだったけれど、それすら自信を無くす……そんな存在だった。
「取り残しが、いたのね」
生き物は、きっと溜息を吐いたのだと思う。
口の周りと喉と胸の辺りが一瞬ぶわりと膨らんでざわめき、あっという間に落ち着く。
人によっては、見間違いだった と言いたくなるほどの一刹那の出来事だ。
「……この こはっ! どこにも行かせない! 俺の子だ! 俺が守る以上! 手出しはさせない!」
ともだちにシェアしよう!

