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落ち穂拾い的な 間に合わなかった6

 そいつの表面の気配がざわめく。 「娘……は、どこにやった」  二つの眼球はきょときょとと辺りを見回し、俺の隣へと落ち着いて……多分、瞬いたのだと思う。 「娘……」  その音声は俺の声だった。  怖気を感じるような感覚にとっさに傍にあったものを掴んで構えると、視線は再び俺に向く。  バサバサと床に落ちていくバインダーに挟まれていた用紙にしばし意識を向けたようだったけれど、それの注意は常に俺を捉えていて……顎の痛みも腕の痛みもあったはずなのに、それよりもそのバケモノが傍にいるということに全身から汗が噴き出す。 「子供?」 「……」  問いかけに答える代わりにバインダーを掴んだ手に力を込めた。 「子ど  ──── 」  バケモノの首がくるりと明後日の方向を向き、先程と同じように体の表面が膨らんで溜息を吐く。 「そんなに怒らないで、大神。今帰るわよ」  そいつは俺の声で誰もいない場所に向かって言うと、ざらりと溶けて消えた。  まるでそれは白昼夢だったんじゃないかとバケモノがいた場所を見つめては見るが…… 「なん  」  なんだったんだ と呟いて、顎の痛みに気づいて飛び上がる。  この痛みがあるのに夢を見たのか、それとも痛みのせいで幻覚を見たのか……? そんな考えになりそうになったが、全身に流れる冷たい汗が事実だったと告げていた。 「……  …… 」  ふ ふ と荒くなる息を押し込めながら保育器を覗き込むと、あんなバケモノがいたというのに息子は小さな手を握りしめて健やかな寝息を立てていた。      後に大神の襲撃だったと言われたその騒動に紛れて息子を隠し、大神が攫った娘を探して、探して、探して……結局見つけた先は研究所の奥だった。  あの日、大神からの襲撃に気づいた高橋が有益な娘のみを連れて逃げたのだとわかった時には、頭の中が真っ白になった。    止める研究員達を押し退けて辿り着いた先に、切り刻まれて血まみれの娘を見つけて……真っ白だった頭の中は真っ赤に塗り替えられ…… 「ああ? 邪魔をするなと言ってあっただろうに、ここの研究員は使えない人間が多い」  血まみれの高橋に飛び掛かろうとした瞬間、背後から伸びた手に押さえつけられてる。  いつかと同様の状況に、警備員たちと組み合うのを避け…… 「  ────戒訴」  背後から響く小さなコツンという音に、体が動かなくなった。  ゆったりとした間隔で再びコツンと音がして、だんだん近づいてきているのがわかる。 「 戒訴、戒訴や」  わずかに聞いただけでは穏やかな と表現できる声音だった。

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