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落ち穂拾い的な 瀬能の名前
しずるは気味の悪いものを見る目を瀬能に向ける。
瀬能はいつも通り自分のデスクに腰かけ、膿盆を眺めながら限界まで背もたれに体重をかけて、ぶつぶつと何事かを呟いている。
「コーヒー……淹れましたよ」
自分の考えに夢中になっている瀬能が気持ち悪いと思っても、そこは雇い主なのだから……としずるは仕方なく砂糖を多めに入れたコーヒーを差し出す。
「ああ、ありがとう。そうだ! お土産があったんだよ、ちょっと待ってて」
話しかけても反応が無くなるほど考え込んでいなかったのか、瀬能はさっと立ち上がると普段持ち歩いている皮の鞄とは別のボストンバッグを引き寄せる。
小さな子供がものを探すようにごそごそとバッグの中をかき回すから、縁に追いやられたタオルやら小物が零れだす。
「あれぇ? どこだっけ?」
「ちょ 先生! 落ちてます!」
「拾っておいて~。おかしいなぁ、美味しそうだなぁって思って買っておいたんだけど……」
しずるの注意を聞き流しながら瀬能は更に底の方を探る。
ボトボトと落とされる小物を溜息混じりに拾いながら、しずるはその中の一つに手を止めた。
艶のある長財布が落ちた拍子に中身をぶちまけてしまっていた。
「ほらもう! お財布をぞんざいにしちゃ駄目ですってば! 触りますよ?」
しずるが思っていたほど現金の入っていない財布を拾い上げると、はらりとカードが幾枚か落ちる。
やってしまった! としずるが慌ててそれを拾い上げ……一枚を見て動きを止めた。
しずるが最近取得したものと同じ運転免許証だ。
瀬能のもののはずなのに、そこに書かれていた名前は……
「…………」
ぱちりと目を瞬いたしずるの手からさっとそれが取り上げられる。
「えっちだねぇ」
そう言うと瀬能の指の間に挟まれた運転免許証がさっとどこかへ消えた。
何もなくなった掌をひらりひらりと見せると、瀬能は茶目っ気たっぷりにぱちんとウインクまでしてみせる。
「そういうのいいですって! てか、えっちってなんですか⁉ 財布落としたのは先生じゃないですか!」
それより と言い出したしずるの目の前にさっとお菓子の箱を差し出す。
「これこれ! あったよ、いただこうか」
「っ……箱、潰れてるじゃないですか」
「中身は大丈夫だと思うよ? お腹に入っちゃえばおんなじだって」
話をはぐらかされたのだ と感じ取ったしずるは追及したいのをぐっと堪えて「じゃあいただきます」と言って箱を受け取る。
瀬能は一呼吸分、しずるの様子を窺ってから胸ポケットから取り出した運転免許証でデスクをコツコツと叩く。
その小さな振動でも、膿盆の中の歯は揺れて……
「 ────ああ本当に、懐かしいなぁ」
薄く唇の端に笑みを乗せて、瀬能は歯に向かってそう呟いた。
END.
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