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壁の中のラプンツェル1

 その日、直江は人生で初めて主人である大神が二度見する瞬間に立ち会った。 「…………」  何事にも悠然と構え、ともすれば不遜とも思われるのが普段の姿だったが、そんな大神が私室の入り口で足を止め、屈強な顎のラインにぐっと力を入れている。  怒りに近い気配に直江は部屋から目を逸らして言葉を待つ。 「直江、部屋のパネルはなんだ」  大神の部屋はすべて使う人間の趣味に合わせて極々シンプルなもので構成されている。  もちろん、簡素に見えるから安物と言うわけではなく、最上のものを直江が一つ一つ選んでまとめ上げた完璧な部屋だ、そのど真ん中に……パネルに突き刺さった剝き出しの尻が鎮座していた。 「壁尻です」 「壁……」  大神は口元に手を遣ったが煙草を咥えていないことを思い出したのか、顎をとん と叩いてから下ろす。  隙なく整えられた部屋のど真ん中、ベッドの脇にある奇妙なものの説明を直江は続けようとしたが、大神のギリ と噛み合わされた奥歯の音がかき消した。  軽く指で下がれと合図されてしまえば、もうこれ以上ここに留まることはできず……直江は視線を下げたまま更に頭を下げてその場から去る。 「……」  壁から出ている下半身は見慣れたものだ。  ほっそりとしていて脂肪が少なく、直線的な形をしている。  相対的な色っぽい形状とは言い難かったが、滑らかで狂いのないそれを見て大神は更に顎へと力を入れなければならなかった。  一歩、二歩と大股で寄り……何を思ったのかふいと顔を反らし、大神はバスルームの方へと行ってしまう。 「は⁉ え⁉ 大神さんっ⁉ 大神さーんっ!」  追いかけるようにセキの声が上がり、パネルに刺さった尻が左右に揺れるが……ギシギシという音はシャワーの音にかき消されてしまった。 「ちょ ちょ っナニかっ! ナニか言ってくださいよーっ! なんならナニも言わずに一日仕事した蒸れ蒸れおち〇ぽで準備済みのオレのマゾま〇こ躾けてくださいよーぅ! ガン掘りっ! ガン掘りでいいですからぁぁぁぁ!」    随分と頑丈に作ってあるのか、突き刺さったセキがジタバタと暴れてもパネルは微かに軋むだけだ。  セキは大神から返事が来るかと耳を澄ませ……水音しか聞こえないことにがっかりして項垂れる。 「はひぃん……オレ、もう準備万端なんですけどー」  腰が固定されているせいで項垂れ続けていると頭に血が上ってしまうので、セキは慌てて背中を反らす。  ぺちぺちとパネルを叩いて、準備しながらワクワクしていたのにその気持ちが萎んでいくのを感じて溜息を吐いた。 「……オレ、大神さんとえっちしたいだけなんだけどなぁ」  

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