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雪虫5 10

 言い争いになったし、お土産に買って帰っても見る度に心がざわつくだろうからどうしようかと思ったけれど、可愛いものは可愛いし雪虫に似合うものは似合う。 「 ────しーずる!」  会計を済ませている途中でぽんと背中を叩かれる。  断じて! 友達がいないわけじゃないけれど、普通じゃない状況でここにきたオレにこんなに気軽に声をかけてくれる人は多くなくて…… 「セキ⁉」 「ただいまー! 出かけたって聞いたからきちゃった」  そう言ってセキが黒塗りの車に向かって大きく手を振ると、運転席のいかついおっさんが頭を下げて出発する。  大神の関係者だってわかる車を気軽に使えるのはセキぐらいだろう。  ちょっと呆れそうになりながらセキに向き直って…… 「……えぇっと。久しぶりだな」 「うん? 実はね、旅行行ってたんだー! んふふ、誰と行ったと思う?」  オレの戸惑いを他所に明るく言われてしまうと、呆れる言葉も飲み込む他ない。 「誰って……それ問題になってるか? それよりどこに?」 「歩きながら話そっか」  ちょいちょい と研究所の方を指さされて、少し迷ったけれど一歩踏み出す。  歩き出したオレの隣に並ぶと、セキは「海が綺麗なところとーお肉が美味しいところとー」と指を折りながら大神と行ったらしい旅行先を上げ始める。 「あと、時期がずれてたから見れなかったんだけど、蓮華畑」 「えっ、そこって前にオレが行きたいって言ってたとこ?」  雪虫が行ってみたいって言っていたところだ。  時季になると見渡すかぎり蓮華ばかりになり、ピンク色の海に立っているようだ なんて話を聞く。  安全のためにあの研究所から出ることができない雪虫からしてみれば憧れの地で……二人で写真を見ながらいつか行ってみたいね なんて言っていた。 「なんか腹立つな」 「花は咲いてなかったから~許して?」  えへへ と笑って機嫌よさそうにする姿に、その旅行で大神とイイコトがあったんだろう。  仕事でいないとか言っていた割にはセキを連れて楽しんでいたのかと、ちょっとだけむっと口を歪める。  それができる財力に実行力に……他人を羨ましがってもどうしようもないのだけれど、そういう気持ちが出てくるのは止められない。 「千鶴? 公園? とかいうところも連れて行ってもらったよ?」 「あのおっさんが公園を散歩とか  」  はは と笑い混じりで返すと、今度はセキがむっとする番だった。 「大神さんはお仕事だったもん」 「だよな」  つまり純粋に二人で旅行を……ってことじゃなくて、大神の出張にセキがしがみついていったって感じなわけだ。

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