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雪虫5 9-2
腕の痛みからか、それともオレの心無い言葉に傷ついたからか、うたのしかめられた顔は更にくしゃくしゃと歪んで……
「そんなことないって、何⁉ 親も番もいるしずるにっ何がわかるのよっ!」
うたは、誘拐されたんだって。
突然連れ去られて、突然腹の中身を盗られて、……知ってたはずなのに。
「なに も、わかんねぇけどっ!」
手の中からうたの腕が逃げようとしたのを感じて、指に力を入れてそれを阻止する。
傍からどう見られているのかとか警察呼ばれるんじゃとかそんな考えは吹っ飛んで、目の前の小さな子供が泣くように嗚咽を漏らすうたを繋ぎとめるのに必死だった。
「こうやって気にかけてるだろ!」
「 だ、か、……ら、なんなのよ!」
腕を引っこ抜こうとしたのか、うたの体が大きく動いたけれどそんなことぐらいじゃオレの手はびくともしない。
ワンピースの裾が翻ってレースがひらりひらりと舞うせいか、蝶々を捕まえているような気分になってくる。
「私を番にもできないくせに!」
荒げられた声に、一瞬返事ができなかった。
とんでもないことを言われたってこともあったし、うたがオレにそんなことを言うのがびっくりだったし、まったく考えの範疇外のことを言われたからだった。
オレの中には雪虫以外の番を持つっていう話は、可能性すら考えたこともないことだったから、まるで宇宙語を話されたかのような理解できないもので……
だから、オレの返事が遅れた間にすべてを悟ったうたが背を向けて走っていくのを止めることができなかった。
うたの低い体温はオレの掌の中であっという間に霧散して、虫かごから逃げた蝶々がまるで白昼夢だったんじゃないかってオレに思わせる。
「……これ」
うたが暴れたからか、さらさらの髪ではピンもきちんと掴まってられなかったんだろう、足元に真珠のような玉のついた髪飾りが落ちていた。
角の存在しない真珠はまるでうたの零した涙が固まったような光りかたをしていて、オレの罪悪感を突きさすようだ。
「幾ら同情したって、番になれるわけじゃない だろ」
オレの中でうたの存在は雪虫の親友でオレの知人よりはよく知っているって感じの友達ポジションだ。
性別か、もしくはバース性が同じだったらまた違った近さはあったのかもしれないけれど、オレが感じる二人の距離感はそれくらい。
親しいけれど男女の関係や番の関係には絶対に発展しない距離感。
それがオレとうたの正しい位置だと思う。
「はぁ、……雪虫に土産買って帰るか」
うたとのやり取りでさっき見かけていたリボンを買いそびれてしまっていた。
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