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雪虫5 13
相変わらず人に暴力を振るった時に骨を伝いあがってくる感触には慣れなかったが、そんなことに構っている状況じゃない。
あっという間に引きずられて廊下の向こうの角を曲がってしまうセキを追いかけるために、振り上げた足を下ろす勢いで体を反転させて駆け出す。
背後で上がった怒声や足音にきゅっと体のどこかが縮み上がった気がしたけれど、細かいことを考える前にとにかくセキに追いつくために廊下を走る。
長い廊下は一般家庭じゃあり得ない長さだったが室内には変わりない、そこを靴を履いたまま進んでいくという居心地の悪さを無視して、セキが引きずられて消えた角を曲がった。
その先、まだ距離はあるけれど男に引きずられて抵抗しようとしているセキが見えた。
あまりの反抗にイラついたのかセキを引きずる男の手が振り上げられて……
「やめ っ」
なんとかその間に飛び込んで止めることができないかと手を伸ばすも、男の振り上げた腕はオレの足よりも速かった。
鈍いごつん と骨に響くような音と、不自然に大きく仰け反るセキの体と。
何が何だかわからないまま連れてこられて暴力を振るわれて……
「セキを放せっ!」
セキを殴りつけて、優越感からか隙のできた男に飛び掛かろうとしたのとセキが開け放たれた障子の向こうに突き飛ばされたのはほぼ同時だった。
まるで崖に突き落とされた人間のように、はっと見開かれたセキの表情の種類は困惑だ。
当事者でありながらこんな扱いを受ける理由をかけらも知らない、その表情はそう物語っている。
「セキ」
低く響きのいい……けれど、威圧感のある声が短く名前を呼ぶ。
飛び掛かった男を殴り倒して、セキが放り込まれた部屋の中へ飛び込もうとして、目の前の男に思わず飛び上がった。
いつも見上げるだけの大きな背は正座をしているために小さく見える、厳めしいスーツはいつものことだったが今のスーツは更に暗い色で重苦しい生地なのか、着る人間を押し殺すような圧迫感がある。
そして、普段通りの粗い造りの顔はぐっしょりと濡れて、髪は乱れて……額から血が流れている。
「お ぉがみ、さ 」
畳の上に倒れ伏すセキとその向こうに正座する大神、そして……その更に向こうにいる面々に思わず息を忘れそうになった。
一人一人が厳めしい顔をした、自分がどういう素性の人生を歩んできたか隠そうともしない人々だ。
そんな人達が部屋の両脇に並び、その前に豪華な食事の乗った膳が置かれている。
テレビや映画で見たことがあるようなその光景は、やくざの祝い事のシーンだった と思い出して、目の前の大神の隠された動揺に飛び上がりそうになった。
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