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雪虫5 14
無表情。
いつも通りの厳めしい顔をしているはずなのに、いつもより揺れる眼球がオレとセキを交互に見つめている。
「時間が掛かると醒めるだろう?ちゃんと連れてきておいたぞ?」
声が聞こえたのは上座だ。
そこではっとして……大神が下座に敷くものもないままに正座している なんて、不自然に気が付く。
ましてや頭からずぶ濡れて、怪我までしているなんて普通じゃない。
大神の動揺に引きずられないようにしながら、さっと辺りに視線を遣る。
何人ものいかにもな柄の悪そうな中年の男達と、上座に座って脇息に気だるそうに体を預けている男は……
「……」
大神の方を振り返って確認する必要がないほどだった。
粗い造りの顔、遠くからでもわかる筋肉質で日本人にしたらかなり高いだろう身長、少し乱れていたが大神と同じように額を見せればもう誰も文句が言えないくらいにそっくりだ。
わずかに年齢の差は感じる、目じりや喉元、もしくはその体から滲みだす経験に依ってのみ会得できる老獪さは違ったけれど、それでもその二人に血縁関係があるのだと察するには十分すぎるくらいだった。
「セキ どうして来た?」
声はもうすでにいつものもので、瞳にもわずかの動揺もない。
「あ……わか わかんないです、突然連れてこられて、オレも何が何か 」
二度殴られたからかセキの顔は大きく腫れてしまっている。
いつもなら、セキのほんの指先の怪我にすら敏感に反応する大神が、そこには何も触れない……
その奇妙な空気に、オレは息を止めてしまっていたらしい。
慌てて肺を膨らまそうとした瞬間、どすん と腹に重い衝撃を受けて喉がひぃと小さく鳴る。
思わず体が崩れ落ちて、飴色の板が目の前に広がった。
なんの構えもしていない腹を蹴られたんだって後から理解したけれど、内臓が受けた衝撃の強さに呻きながら歯を食いしばった。
「すみません! すみませんっこいつ、すばしっこくて……」
「……連れて行け」
内臓が口から出そうな痛みを労われとは言わないけれど、セキが殴られて乱暴な扱いを受けたのに何も反応しないことに腹が立った。
「な、 んで、っ セキが殴られたんだぞ!」
大神に向かって怒鳴り上げた瞬間、再び蹴り飛ばされて床の上を玩具のように跳ねる。
「しず 大神さん! いったい、なんなんですか⁉ せめて説明 わっ」
短く上げられた声に唸りながら視線だけを動かすと、誰がどう見ても風体がいいとはいえないいかつい男がセキの腰を掴んだところだった。
乱暴にされたせいで爪先が空を切っている。
かなり至近距離に顔を寄せられているから、セキは泣きそうになった顔を背けて逃げようとしていた。
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