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雪虫5 18

 薄地だから軽いはずなのに、ぐっしょりと濡れて重くなってしまったパーカーを見下ろして……どうしようかと思ったけれど、それでもほぼ裸のままよりはマシだろうと脱いでセキへと差し出した。 「ほら、帰ろ」  しんと静まり返った広間の中は微かな音もしなかったけれど、オレは別段おかしいことだとは思わない。  耳障りな笑い声やガチャガチャした音が本当に煩わしかったから、音が出ないように『した』からだ。  こんな目に遭ったからか真っ青な顔をしているセキは動かないままで……  しかたないから上着を広げて肩にかけようとした時、ミシリと畳が音を立てた。  音が煩わしいから静かになるようにしたのに と思っていたオレは振り返って……壁、いや……山だと感じる人間を見上げる。  その圧迫感からいつも思い浮かぶのは威圧されているという思いだ。  大きな肉食獣……森の頂点に立つ生き物に逆らわないように! 見つからないようにしよう! って本能で思わせる大神が立っていた。  額の血は止まってはいたが拭われてはいないせいで赤い筋がまるでタトゥーのように顔に赤い線を描いている。  けれど、それだけの存在だった。  だから気にかけることなくセキの方へと向き直ろうとしてやめる。オレの泥と血にまみれた上着よりも大神のジャケットの方がいいんじゃないかと思ったからだったが、きつい酒の臭いがしたからやめた。 「お前……何をしている」  さっき自分も似たようなことを問いかけた なんてどうでもいいことを思いながら、セキの肩に上着をかけ──── 「  っ」  大神の素早い動きではたき落された上着は水分を吸って重かったらしく、畳の上に落ちてべしゃりと音を立てた。 「何すんだよ」 「それはこちらのセリフだ。お前、ここをどこだと思っている」  威嚇するような低い声でぼそぼそと尋ねられたけれど、不思議とそれが怖いとは思わない。 「……犯罪者の巣窟」  はは と笑いを込めて言った瞬間、大神の拳が振り上げられたのが視界の端に入った。  重くて速さのあるそれは、さっきまでオレを殴っていたチンピラに毛が生えたような奴らには絶対に繰り出すことのできない拳だった。  そこを見てしまうと反応が遅れるから、それ以外を見るんだよ?  年齢不詳の、オレに戦い方を教えてくれている水谷がきゃるん……と可愛らしいポーズを取りながら言っていたのを思い出す。  大神の肩とか腰の回転とか足の位置だとか、俯瞰で見なきゃだよ? メっ! って可愛らしく言っていたが、その時オレは地面から水谷を見上げた状態だった。

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