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雪虫5 19

「 っ!」  余計なことまで思い出したせいか、動きが遅れて拳がわずかに頬を掠る。  生身の拳だというのに大神の拳が掠った後は熱く疼くような感じだ。  オレに向けて振り抜かれた拳をぎりぎりで躱し、側面を押し返すようにして避ける。このまま傍に居たら危険だって本能が告げるから、そう思った気持ちのままに後ろ飛び退く。  左足が誰かの膳を蹴り飛ばして汁が零れたけれど、そんなことに構ってはいられなかった。  次に来る攻撃を捌かないと、人の頭蓋骨をあっさり砕いちゃうんじゃって思わせる拳に殴られておしまいになってしまう。 「  っ! やめろ! オレはセキを連れて帰る!」  そう怒鳴ると、こちらに向かってきていた大神がわずかに眉間に皺を寄せた。  皮膚が動いたからか、筋だけ残していた傷からまた再び赤いものが溢れ出して…… 「大神さんっ! しずる! やめてっ!」 「はぁ⁉ なんでだよ」 「お、オレ! オレは 残るって、  言ってるよ?」  オレと大神の間に飛び込んだセキが怯えながらもそう返事をした。 「何言ってるか……わかってんのか?」 「……わ、わかってる! でも、大神さんがしろって言うなら、オレはなんでもできるから」 「は  ?」  セキの後ろに立つ仁王のような存在に目を遣る。 「だ、だ……だいじょ、ぶ。大神さんがくれた指示だし…… 父親を、楽しませるようにって」  紡ぐ言葉とは裏腹に、セキの顔は真っ青で唇は震えている。  街で会って、大神と旅行に行ったんだ! とキラキラの表情で語っていたのは、ほんの少し前の話なのに。その表情は今にも雨が降り出しそうな曇天を思わせて……   「酌をして  えっと、酌をすればいいって」 「それで済むって思ってんの?」  すでにセキの体を隠すものはほとんどない。  わずかに舞台衣装か? と思えるようなきらびやかな布で腰回りを隠しているだけのセキが、これからどんな扱いをされるかの想像をするのは簡単だった。 「……おっさん、本気で言ってんのか⁉」 「  ────セキ。親父にこの騒動の謝罪をしなくてはならない」  ひやりとすらしない、温度を何も宿していない瞳がオレを通り過ぎてセキに向かう。 「は い。オレ……オレ、ちゃんと大神さんの期待に応えますから!」 「おいっ!」  止めようとした手が空を切る。  勢い余ってよたついたオレを置いてセキは大神の父の方へといき、その目の前で深く土下座した。 「セキ です、オレ、で、できることは、なんでもしますから、  」  震えながらセキは左右を見回す。  そこに並んでいる男達はオレの威嚇に怯えて息を潜めるようだったし、傍に侍っているΩや女達も恐ろしさに体が動かないのかじっとしている。

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