548 / 698
雪虫5 21
瀬能もセキが何をされているのかわかっているはずなのに、止めようとした自分の邪魔をしたことに怒りが湧く。
腹に言うことを聞かない獣でも住み着いたんじゃないかってくらい、止めるのが難しい衝動のままにへらりとしている瀬能に向かって角材を振り抜いた。
「落ち着けるわけないだろっ!」
瀬能は、思うところはいろいろあるが恩人だし雇い主だし、オレを気にかけてくれて、知識を与えてくれて、しかも雪虫の主治医だ。
そんなことをしていい相手ではないのに……腕が止まらなかった。
「 はは。帰ったら仕事いっぱいさせてあげるから覚悟しといてね」
角材を振り抜いた先に……けれど、瀬能はなんの動揺もないままに飄々と笑って首を傾げている。
追いかけるように、足元にごとん と音がして角材の先端が転がった。
大神が握り締めた部分からぽっきり折れていて、振った衝撃で折れたんだろうと推測はできたけれど……殴る直前に木が折れて長さが足りなくなったから、瀬能を 殴ることができなかったんだってわかった時、恥ずかしさに耳が熱くなるのを感じた。
「慧。そのガキを片づけて来い、大目に見るのも面倒だ」
「ちょっと待ってよ、彼はぼくの助手なんだからさぁ、手出ししないでもらえる?」
呑気な声で言う瀬能に、また腹の奥がぐつりと煮え滾る。
オレを庇ってくれているのはわかった。けれど涙を縁いっぱいに溜めているセキを無視する瀬能に掴みかかろうとした瞬間、足が何かを踏んで再び畳の上へと膝を突く。
「⁉ ……猪口?」
少し前にオレが蹴り飛ばした膳に載っていた食器だろう。
それが足元まで転がってきていたことに気づかなかったなんて、よほど頭に血が登っていたのか?
「……」
そう思うと少しだけ冷静になれた気がした。
大人たちが、大神の父親の出所祝いらしいこの場を台無しにしたオレに対して、いい感情を持っていないのははっきりとわかる。
「お前、祝いの席でここまで暴れたそいつを素直に返すと思うのか?」
「あはは、そんなことは僕に喧嘩で勝ってから言いなよ」
いつもの口調よりも幾分強く、人をからかうような感情の乗った言葉に座敷が凍り付く。
「カタギを殴れるか」
「じゃあこの話はもうおしまい。この子は連れて帰るから、ああ! それと、大神は一度健康診断でも受けに来なよ」
いつも手品を披露してくれる指先がひらりと翻るから、つい視線がそれを追う。
「話を煙に巻くな」
「そんなことないさ。顔色、良くないよ? 本職の見立てなんだから、できるだけ早くおいでよ?」
へらへらと笑いながらオレの腕を掴んで立たせようとするから、せっかく凪ぎ始めていた怒りがふつりと再び湧き始める。
ともだちにシェアしよう!

