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雪虫5 23
瀬能ならば、あのいつもの人をからかうような口調で大神の父親も騙くらかして、オレとセキを何事もなかったかのように連れ去るくらい、簡単なはずなのに!
「相手が悪いよ」
まるで心の内を読まれたかのような返事に、痛みに顔をしかめながら瀬能の横顔を視線で追い続けた。
医者らしく幾つかの計器をチェックしていきながら、瀬能は溜息のように「神鬼組相手にするのはちょぉーっとねぇ……」とこぼす。
いつものようにこちらに語り掛けるでもない言葉は、本来なら聞かれたらまずい内容をぼやきに隠して教えてくれているんだと察する。
「今はほら、なんちゃら法で口に出してはいけない反社会の生活を送られている皆様が、存在しない社会ってことになっているだろ? そのなんちゃら法でそのことを決定づけた事件ってのが組の役職名持ちの総大捕り物だ」
長い話になりそうだったが、こちらは体のところどころから疼痛を感じるようになってそれどころじゃない。
痛みを何とか逃すために呼吸を整えようとしてみるけれど、効果らしい効果は出なかった。
「あの座敷に並んでいたのはその時にいろいろ罪状をほじくり返されて捕まっていた、かつての神鬼組のお偉いさんってわけ」
「……っ、……そ、ですか」
「一昨日は神鬼組の頭である大神の出所でねぇ、そのお祝いをしていたんだよ」
だからどうした と吠えたくなったのは、そんなもので人の尊厳があんなふうに蹂躙されていいなんて思えないからだ。
「それが何だって言うんですか! 祝いだから嫌がるセキに無理やり厭らしいことをしてもいいなんて法はないです!」
「そうだけど、とりあえず傷を治すことに専念しようよ。興奮すると、縫合した傷がまた開くからさぁ」
「手当とか……っそれに、な、なにより、あのおっさんの態度に腹が立って……なんでなんですか⁉ セキは大神のこ、 恋人なのに!」
本当は情人とか愛人とか、妾 なんて言葉が当てはまったのかもしれなかったけれど、オレはあえて「恋人」って言葉を使った。
「どうして、恋人を他の人間に差し出したりなんかできたんだ⁉ オレなら絶対にムリだし、考えただけでも怒りで卒倒しそうだ! おっさんはオレが近づくのすら嫌がって、あんなにべったりセキにマーキングしていたってのに……」
ほぼ全裸に等しい格好で震えるセキに、助けに行かなきゃ という思いが燃え上がる。
「大神くんも組……というか、解散した神鬼組の中では微妙な立場だからさぁ、ヘタに逆らったりできないんだよ」
「は? カッコわりぃ」
思わず条件反射で言葉が出てしまい、慌てて他に人間がいないかを確認する。
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