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雪虫5 27
「瀬能先生から心配せんでもええって聞いてたけど……それどころの話やないやん」
若葉の口調はちょっと強めでどこか怒りを感じるような調子だった。
確かに……包帯ぐるぐる巻きでベッドの上の住人になっている段階で、心配するなという方が無茶な話だ。
「理由ぐらいは聞いてもええやろ?」
「え ぁ、転んだ?」
一瞬、猪口を踏んで転びかけたことを思い出して……
恥ずかしさに熱が上がりそうな気がした。
「アホかっ!」
耳を刺す大声に思わず「うっ」と言葉が漏れる。
自分でも馬鹿馬鹿しい言い訳だったと思ったのはしばらくしてからで、その時はとりあえず二人にこれ以上心配をかけさせたくないって一心だった。
殴られて連れていかれて、更にタコ殴りにされて、更に更に殴られて なんて言ったら、若葉は大神のところに殴り込みに行くかもしれない。
そんなこと、させるわけにはいかなかった。
「なんでそんな見え見えの嘘に騙されたらなあかんねん! 親をバカにすんのもええ加減にしぃや!」
ここが個室じゃなかったら、周りに頭を下げ回らなくてはならないくらいの大声に、うたが慌てて若葉を宥めにかかる。
「若葉さんっ何か事情があるのかもしれないし! ……私たちに言えないことだってあると思うし……」
若葉の袖口をぎゅっと握って、なんとか納得させようとうたは言い募った。
「瀬能先生のお仕事内容は、簡単に漏らしてもいい話じゃないから、ね?」
「ねって……言われても。こんなにボロボロになってんねんで?」
若葉が辛そうに眉間に皺を寄せると、幸薄そうな雰囲気に影が加わって更に不幸そうに見える。
子供がいたことがないからピンとは来なかったけれど、息子だと思っている奴がこんなことになっていたら、やっぱり心配になるんだろう。
「だから、あんまり聞くとしずるが困っちゃうから……」
「瀬能先生に確認して、話せるようになったら話すから!」
二人がかりで言うとさすがに若葉の勢いも削がれて、むっと口を曲げたまま黙ってしまった。
「それより、雪虫の食事だけど」
雪虫の口に入るものはほぼすべてオレが用意している。
少しだけれど作り置きはあったが、瀬能からはまだ退院していいよとは言われていなくて……
「どうなってるかな? それが心配なんだけど」
「うん、うちがちゃんとしとるからそこは大丈夫。うたも手伝うてくれてるし」
二人で顔を見合わせながらにこにこと笑っているのを見ると、本当はちょっと……だいぶん……かなり嫌だけど、まったく知らない人間に雪虫を預けるよりはマシかなって思う。
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