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雪虫5 29

  「……それで、あの……セキは、帰って来たんですか?」  もう服を直していいと言われたので、もそもそと着こみながら小さく尋ねる。  いつもみたいにからかうような返事を期待したけれど、瀬能は何も答えないままパソコンに向かっていて……オレもう一度、強めにさっきと同じ質問を繰り返した。 「セキはっ帰って来たんですかっ⁉」  ぱち とキーボードの音が途絶えたけれど、瀬能はこちらを向かない。 「彼のことに関しては大神くんがすべていいように取り計らってくれているよ」 「……は?」  そのどうとでもとれるような、のらりくらりとした返事に思わず椅子を蹴るようにして立ち上がる。  一瞬怒りで我を忘れそうになったけれど、キーボードの上で作られた拳を見て言葉を飲んだ。  瀬能自身も、良いとは思っていない。  そう取っていいんだろうと思う。  オレは、ピンチになっているならただ助ければいいって思っているだけだけど、大人になるとそうはいかないんだって……正しいことじゃないってわかっているけど間違いじゃないってこともなんとなくわかる。  特に瀬能が気楽に大神に話しているから、二人はもっと腹を割って話したり、同じ方向を向いて進んでいるんだと思い込んでいたけれど。  大神はヤクザで、瀬能は医者で。  全然違う世界にいる二人に、同じ道理を通せというのは無理なんだって。 「…………」  瀬能がバース性の研究をどれだけ真剣に行っているか、Ωの治療にどれだけ真摯に向かい合っているか知っているからこそ、今回のことに対する態度が納得いかなくて……  でも、それを良しとは思っていないって、わかった。 「………」 「ほら、雪虫が君を待ってるよ」 「ぅ、はい」  雪虫の名前を出されてしまうと、オレにはもう何も言えなかった。  それでなくとも入院で一週間、顔を見せることができなかったんだから、今頃寂しさで泣いているかもしれない。  「ありがとうございました」と頭を下げながら言い、診察室から退出しようとしたオレに声がかけられる。 「しずる君、僕達は取捨選択をしながら生きている。より大切なものを残して、残念だけれど掌に乗り切らなかったものは捨てて。そうやって人生を歩んでいる」 「…………」  オレは何も捨てない なんて、少年誌の主人公のようなセリフは言えなかった。  現にオレと瀬能の掌からセキは零れ落ちてしまってて、拾い直そうとすると他の何かを零さないといけないんだってわかっているから…… 「すべてをすくえたらよかったのだろうけれどね」

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