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雪虫5 31
αらしい考えだと、鼻で笑った。
オレの匂いが薄れてしまったそこは雪虫の匂いに満ちて然るべきなのに、異物の臭いを感じて立ち止まる。
「あ 」
「しずる! しずるっしずる!」
腕の中へぽすんと飛び込んできた軽い感触は、いつもなら大歓迎のはずなのにそこに混じる雪虫以外の香りに思わず身が竦んだ。
「しずる?」
まるでオレの名前以外の言葉を知らないように繰り返される言葉に、笑顔を向けないといけないのにヒクン と頬が引き攣るだけに終わる。
べったりというわけではないけれど、雪虫にずいぶんと近づいたαがいたってことがわかって……オレは頭が真っ白になってしまった。
オレがそうであるように、この研究所にαが入り込めないわけじゃない。
入るのに手続きが大変なのと監視が付くってだけで……
「あ、うん。えっと……久しぶり?」
「うん! あのね、 」
小さな掌がひらりと舞って、オレの耳に添えられる。
「とっても会いたかったよ」と告げられる言葉は、他に誰も聞く人間なんていないのに潜められていて、耳をくすぐるようだった。
ぎゅっと詰まった胸に鼻の奥が痛む。
それが、オレのいない間に雪虫の世界が広がってしまっていたことに対するものなのか、それとも久しぶりに会えたことに対する愛おしさでなのかは判断できなかった。
なんとか動かした腕で雪虫を抱き締めると、記憶の中にあるものよりも細くて……
「ご飯、食べられなかった?」
オレが食事を作るようになって、いろいろ試行錯誤してやっと少し肉がついてきたと思えたのに、出会った時のような華奢を通り越して痛々しいと思える体形に戻ってしまっていた。
「少し、だけ」
「ごめんな? オレが来れなかったから……」
「ケガしたって、すごくしんぱいだった」
いつもなら簡単に抱き上げられる小さな体も、今日はちょっと無理そうだったから少しだけ力を込めるだけにした。
「うん、心配かけてごめん」
「あやまらなくてもいいけど、とってもしんぱい」
細い指先が包帯やガーゼの上を迷うように動いてから、労わるように触れてくる。
小さくて弱々しくて、でもその手が持つ力は絶大だ。
「雪虫が心配してくれたからもう大丈夫」
包帯を巻いたままの手を目の前で握ったり開いたりしてみせると、雪虫は少し安心したのかちょっと首を傾げるようにしてから笑ってくれた。
冬の青さを持つ瞳が細まり、銀色に近い金の睫毛に覆われるとまるで雪解けの日差しを思い起こさせる。
覗き込んで、ずっと見つめていたいと思う。
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