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雪虫5 32

 けれど、鼻先をよぎる臭いに一抹の不安を掻き立てられて…… 「ちょっと座ろっか」  大好きなその目を見つめられずに距離を取ってしまった。  ほんのわずかでも隙間があったら寂しいと思っていたのに、どうしてだかほっとしてしまう。 「  うん」  いつもと違う様子に雪虫もおかしいと思っているだろうに、こくりと素直に頷いて返してくれた。  普段と同じとてとてと音がしそうな歩調でベッドまで行くと、その端にちょこんと腰かける。  本来なら入り口で雪虫が飛びついてきて、それをオレが抱き留めてかかえ上げてベッドに座らせるから、今日の雪虫はずいぶんと浅く座っていた。  ベッドの弾力に負けて今にもずり落ちてしまいそうな姿を見て、少し頭が冷える。  ずり落ちて体を打ち付けただけで雪虫は怪我をしてしまう、なのにそんな危険な状況にさせてしまったことに、申し訳なさが募って俯いた。  雪虫が他のαに近づくはずがないと理解しているのに。  どこかでついた残り香に嫉妬するなんて……  駆けるように近寄って、雪虫を安全な位置に座らせ直す。   「今日はお土産も何もなくて……話すこともずっと病院のベッドだったからなくてさ」 「ベッドにいたの? 雪虫もそうだったよ」  一緒が嬉しいのだとえへへ、と笑う姿につられてにこりと笑った。  そうすると雪虫はほっとした表情を見せてから、オレにぽすんと体を預けてくる。  頼りない体重がもたれかかったところで重みらしい重みは感じられず、存在を確認するために抱き締めなくてはならないくらいだった。 「セキがいないから、ずっとへやにいたんだ」 「 っ」  とっさに飲む込んでしまった息を、雪虫は気づかなかったらしい。 「大神とのりょこうから、いつ帰ってくるのかな?」  本当のことを言うべきじゃない と唇を引き結ぶ。  雪虫がセキは大神との旅行に行ってなかなか帰ってこないと思っているのなら、そう思わせておいた方が心が穏やかでいられるはずだ。  下手に説明をして、セキのことで悩んで熱を出したら? そんなことになったらオレは自分を許せない。だから、これでいいはずだ。  いいはず。 「……しずる?」  銀に近い金糸の髪を耳にかけながら、雪虫は首をこてんと倒してオレの表情を窺う。  笑って、何でもないって言って、何か面白おかしい話をすればいいだけなのに、無理にそんな言葉を積み重ねるとどんどんと二人の間に壁ができるような気がして…… 「セキ、は、少し、……」  少しなんかじゃない。 「ちょっと、大変かも しれない」  隠すのは嫌だ、だからと言って話して雪虫にショックを与えたくなくて、オレは必死に言葉にオブラートを被せる。

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