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雪虫5 38
何年も深く関わっていなくとも、こんな物言いをするような人じゃないってわかるし、安易に人を子ども扱いするような人でもない。
からかってくることはあったけれど、それは悪質なものじゃなくて心地いいもので……人との距離感をきちんと理解している、大人な人だ。
なのに……
「……」
それだけ、焦っているんだろうか?
セキを連れ出そうとしたオレがなりふり構わずに突っ込んでいった時のように、助けたいという気持ちが体を占めて……
「ごめん。他の方法を調べてみるよ」
「ほ、ほか って、何かあるんですか?」
難しい顔をして視線を逸らす東条の様子が、更にオレの罪悪感を刺激していく。
目の前のくたびれ果てた東条は、生半可な気持ちでこのΩの保護に携わっているんじゃない。
真っ直ぐな目がオレを射抜くように見つめて、揺らぎのない信念を言葉よりも雄弁に語った。
Ωを守りたいのだ と。
「 っお、オレ、に、何が、できますか? 資料は 」
「出して」
「見せることはできませんけど」の言葉を遮るように言われて、ぱくんと唇が鳴った。
息苦しさに、空気を求めて鳴らした唇をぱくぱくと動かして……
「 出せ」
耳の奥に流し込むように声が届いたと同時に息が詰まった。
噎せ返るような肌を突きさすフェロモンの攻撃に、気が付いた時にはからめとられてしまっていた。
「東条さ っ!」
パシュ と耳元で音が響いた。
幾度か聞いたことのあるそれは、α用の緊急抑制剤……ペン型の注射器を使った際に聞こえる音だった。
「 な、なに 」
「ドラックじゃないから安心して」
「あん そん……」
いきなり何かを打たれた身としては、恐怖以外の何物でもなかった。けれど……オレにそれを問いただす自由はなかった。
意思とは関係なく腕が動く。
そんな無作法出来ない と思っていたのに瀬能のパソコンを立ち上げて……
特別なパスワードを入力しようとして、これが間違えてくれれば…… と、心のどこかで願っていた。
嫌なのに、キーボードを打つ手が止まらない。
ぞわぞわと悪寒に苛まれながら東条の『言葉』に逆らおうとしてみるのに、そうしようとするとカクンと力が抜ける。
「リリーサーフェロモンの応用でね」
ずるりと床にへたり込みそうになったオレを引きずり上げ、東条は両手をキーボードへと添えた。
「さぁ、打って」
「ゃ゛ っ、東条さ んっ!」
「さすが、まだ抵抗できるんだ。でも無駄だよ」
もう一度、「打て」と短く言われて、オレの中の何かがへし折れた音がして、あれほど拒否していたパスワードを打ち込み始める。
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