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雪虫5 42
衝撃で立ち上がることもできないオレは、その黒塗りの高級車が東条のものだってわかって……ほっとして力を抜いた。
どこを打って痛んでいるのか、どこが元々痛かった場所なのかわからなかった。
雪虫の瞳よりも濃い青色の空を見上げて、「死ななくてよかった」って呻いた。
タクシーに乗り込んだ東条を押しやって無理矢理一緒に入ってドアを閉める。
東条は怒りのままに怒鳴ろうとしたが、はっと運転手の存在に気が付いてそっとその言葉を飲み込んだようだった。
「降りなさい。車の処理を頼んだ秘書が来るから、君を病院に連れて行くように連絡を入れておく」
「降りれるわけないのは東条さんがよくわかっているでしょう⁉」
ボンネットに自転車が飛び込んだ衝撃でフロントガラスの割れた車をタクシーの中から見遣る。
本来なら警察を呼んで何かしら手続きとかが必要なはずだけれど、東条は一本の電話をするとなんの戸惑いもなくそこから離れてタクシーを捕まえてしまった。
警備員に謝らなきゃとか警察になんて言おうとか、こんな車の修理費なんて出せない とかぐるぐると考えていたオレは、背を向ける東条についていくためになんとか食らいつく。
「オレが今ここで瀬能先生に連絡入れたらどうなると思ってるんですか⁉」
さっと尻ポケットから出した携帯電話を東条に向かって突き出す。
衝撃で画面は割れてはいたが機能は生きているらしくて、突きつけた瞬間にまた小さく振動を始める。
真っ赤になっていた顔がさっと青くなったので、この着信は名前を見るまでもなく瀬能だろう。
「 っ、君の望みは? 白地小切手じゃ駄目かい?」
αだからか、それとも形が良いからか、東条の目に睨まれるとどきりとして無条件降伏したくなる雰囲気があった。
けれど目には焦りが見えて、オレをどうにかして行きたい場所があるんだと訴えていた。
「白地小切手……ですか?」
「好きな金額を書くといい」
とはいえ、白地小切手が何かわからないオレにはその価値を想像することは無理だ。
「あの どちらに 」
「高速に乗って北に向かってください。今すぐ」
運転手はできれば降りて欲しそうにしていたけれど、東条の言葉に逆らえずにそのまま車を発車させた。
流れていく景色の中で、お互いがお互いの気配を窺い、次にどうするかを考えるじっとりとした時間が訪れる。
「どこかで停まってもらうから、君はそこから病院に行って」
そう言うと東条は財布からするすると何枚かの札を抜き取り、オレに突きつけてくる。
「か、金はっ いらないです、……白地小切手? も、そんな扱いがわからないようなものいらないです」
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