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雪虫5 46

 何も、ない。  あれだけ毎日、ほんの少しの時間でも一緒に過ごして、頭からつま先までオレが関わってない部分なんてないのに、雪虫の素性についてはぽっかりと穴が開いている状態だ。 「……」 「そんな君が、私に番との関係を説く資格はあるのかな」  それは問いかけというよりも独り言だった。  けれど正面切って言われるよりもその方が心に深く突き刺さる。 「君が言っても、薄っぺらな言葉にしか聞こえないな」  形の良い目にひたりと見つめられて、痛いとわかっているのに思わず腕をぎゅっと握り締める。  そうしないと崩れて体を起こしていられないような気がしたからだ。 「運命と番う行為は、他の何と比べることができない」 「?」 「たとえそれがオメガと番うことであっても、運命のオメガとそうじゃないオメガとはまったく違う。多幸で、至福で、満ち足りた感覚は運命の相手でしか得られない」  東条の言葉は常々思っていることだけに、それを今更説かれても何を言いたいのかわからなかった。 「それだけ、魂の番は蠱惑的で……同時に傾国の存在だ」 「それは……わかります」 「ゆえに盲目的になってしまう」  その存在さえ傍に居れば、もう他の何もいらないし必要ないのだ と。  確かに自分もそう思っているが、オレはそれでよくても雪虫がそれじゃあ生きていけないからオレは社会生活を送っている。……と、そこまで考えて、これが東条の言っていることなんだろうなと、項垂れていた頭を更に下げた。 「どうせ君のことだ。穂垂に会うのをどうにか阻止しようとしているんだろう?」 「は⁉ や……そんなこと、ない、です」  視線が泳ぐのは図星だからだ。  保護されたΩの居場所をばらしてしまった以上、オレが何とかするべきだと思ったから、隙をみて瀬能に連絡を と様子を窺っていた。 「あの子の出自や保護されている理由を知りたいなら、邪魔をしようとしないことだ」 「⁉ えっ……」 「私はあの子の救出を手伝ったからね、君よりは身の上を知っているんだよ」  薄く細められた両目は、オレを大人しくさせる材料を見つけたと喜んでいるように見えた。  雪虫のことは知りたかったけれど、それは他の人間を売り渡して手に入れていいものではないとわかっている。けれど、それと同時に聞いても聞いてもうまくごまかされていく事実に、瀬能達から教えてもらえる可能性はないのだと諦めもあるから。  オレは、悪魔の手を弾くことができないまま東条を睨みつけた。 「関係のない人間に自分の番の話をされることほど腹立たしいものはないですね」      

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