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雪虫5 47
苛立ちながら言うと、東条はそこでやっと普段らしい大人な笑みを見せてくれた。
そこは普通の特徴のないマンションだった。
風景の中に溶け込んでしまいそうなほど普通で、この場所を説明する時に苦労するんじゃないかって思わせる。
「やっぱり突然行ったら相手もびっくりして困らせちゃうんじゃないですか?」
「……」
わずかな間も惜しむようにタクシーを降りた東条はオレの言葉なんて聞こえていない。
タクシーの料金を払ったのが最後の理性だったのかもしれないと思わせる姿に、番に逃げられたαの渇望を見た気がした。
番が解消されてしまうとΩが衰弱死すると知識として知っているけれど、αはどうなるんだろうか?
あれほど完璧に見えた東条が見せる陰は、決して今まで見聞きしたようなαにばかりメリットのある番契約を結んだ人間には見えなかった。
けれど、雪虫に背を向けられたら、オレもきっとそうなる。
「あの、オレが先に声をかけて って、ちょっと待ってください!」
普通のマンションとはいえ、入り口には管理人が常駐しているようだ。
話は聞かせてもらえなかったけれど、Ωの方から東条の元を離れたのは間違いなさそうで……それは、何らかの事情があったってことだ。
例えば、モラハラDV男だったり、マザコンだったり、水虫だったり、本人にしてみたら耐え難い理由があったはずで……東条は何人も番がいたから、その部分も関係しているのかもしれない。
雪虫の情報が欲しいがために黙ってついてきてはいるが、逃げたΩを売ったようでどうにもじっとしていられなかった。
「オレっ! オレがっ話しますから!」
「放っておいてくれ!」
とっさに掴んだ腕を振り払われた際によろけて壁にぶつかってしまう。
そんなオレを振り返りもせずにマンションへと飛び込んでいく東条を止める方法がわからず、途方に暮れて立ち尽くす。
こんな時、もう少し人生経験があればもっとうまく立ち回れたんだろうか と、マンションを見上げた。
東条は何事かを管理人と話しているようだし、今のうちにこっそりと携帯電話の電源を入れて瀬能に連絡を取るくらいしかできることはない と、尻ポケットに手を伸ばす。
セキの時もそうだったが、結局自分にできることはないんだと痛感するしかない。
「あっ!」
管理人も目を光らせているし、エントランスで入れずに終わるだろうと思っていたのに、東条は何事もなかったように中へと入って行く。
管理人室を見ても止めに出てくるような気配もなくて……
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