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雪虫5 52
最悪なことを想定して、そろり小声で「東条さん」ともう一度呼びかけた。
真っ暗な部屋の中、多分赤んぼうがいる場所に覆い被さって何かをしている東条が怖かったけれど、今更ここで放り出すわけにはいかない。
「な、何をして 」
「お湯を沸かして」
「へっ⁉」
「お湯、早くして」
早くしてって言われてもここは他人の家だし初めて入る場所だし……狼狽えていると、どこかにベビーバスがあるはずだ と声がかかる。
「ベビーバス⁉ ベビー?」
「たらいみたいな水を溜めれそうなものだ」
突然言われた言葉に混乱してきょときょとと辺りを見回す。
ベビーバスってなんだ? って思いと、家主のいない家で勝手をする居心地の悪さで立ちすくむオレに、東条はもう一度「早く」と短く叫んだ。
とにかくこの真っ暗をなんとかしようと壁を見回して室内灯のスイッチを探し、明るくなった室内を見回して……結局見つからなくてお風呂場を覗くと、うつぶせにされたベージュ色の物体に気づく。
「これ? これでしょうか?」
「それ、それにぬるめのお湯を入れて」
「えっえっと、お風呂場に置けばいいですか⁉」
「ああ」
短く答えて振り返った東条の腕の中にいたのは小さな生き物だ。
抱き上げられたからか一瞬驚いたように手足を伸ばしたけれど、次の瞬間にはわぁわぁと泣き出す。
この小さな体のどこにそんな力強さがあるのか、戸惑いながらベージュ色のベビーバス? に湯を溜める。
「私がお風呂に入れるから、その間に君は湯冷ましとミルクを作っておいて」
「ゆざ……? み、ミルクって! オレ作ったことないです!」
「誰だって初めはそうだ」
短く言い返されて、その反抗を許さない雰囲気に口を閉じてキッチンに向かう。
綺麗に片づけられてはいたが、まな板の上に出されたニンジンは切りかけで放り出されていて、他にもこれから何かを作ろうと食材が出されていた。
「途中で放り出したのかな?」
申し訳ないと思いつつ、キッチンを漁ってやかんを見つけて火にかける。
湯冷ましは雪虫の風呂上りに飲ませていたからわかるけれど、赤んぼう用のミルクなんてこんな近くで見ること自体が初めてだった。
缶に説明くらいは書いてあるだろうと、可愛らしいイラストの描かれた大きな缶をくるくると回す。
「あのっ東条さん、何があったんです?」
赤んぼうの泣き声に負けない声量で尋ねると、東条は短く「放置されていた」とだけ返してきた。
簡単な言葉だったけれどそれは雄弁で、東条の番がいなくて赤んぼうがそのまま置き去りにされていて……
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