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雪虫5 53
東条の番が東条の接近を察知して、着の身着のまま……足手まといになる子供は置いてってところだろうか?
「穂垂は保育士で、子供のことが大好きだ」
苦い顔をしながら東条は赤んぼうをタオルにくるんでこちらにやってくる。
抱き上げる態度もあやす様子も堂に入っていて、そう言えば東条には子供がいたんだって思い起こさせた。
「だから、こんな状態で子供を置いて行くことは絶対にない」
そういうと東条の視線はベビーベッドの方へと動いた。
そちらから漂ってくるαの臭いと、それに負けないほど強烈な異臭。
糞尿の混じったソレは大人のものともまた違った臭いがしていたが、それでも臭いことには変わりない。
換気扇を回してはいるけれど、大元をなんとかしないとこの臭いは続くだろう。
糞尿の垂れ流されたベビーベッドに寝かされた赤んぼう。
虐待か⁉ と思いもするけれど、部屋の雰囲気を見ているとそんな様子は微塵もなかった、むしろ写真を飾り、子供に危険がないように角にシールを貼ったり扉を勝手に開けないように工夫されていたりして、子供のことを考えているんだって感じさせる。
……確かに、こんな生活環境を整える人が、子供を置いて姿を消す なんて想像できない。
「ミルクは?」
「あ、月齢? がわかんなくて」
「今は五カ月だ」
「わかりました」
淀みなく帰ってきた返事に、もしやと思っていた疑念の一つが晴れる。
東条の腕に抱かれているのはきっと東条の子供だ。
ほっと胸を撫で下ろしながら説明書を見ながらミルクを作って、流水に晒して温度を冷ます。
「湯冷ましは先にできてます」
「じゃあそっちを先に」
たくさん必要ないだろうと、哺乳瓶の底に少しだけ入れたそれを赤んぼうは一瞬で飲み干し、もっと寄越せとばかりに大きな声でぎゃあ! と泣いた。
少し水分が口に入ったからだろうか、か細かった声に少し力が戻っている。
「東条さんっ! で、できました! 温かさ……どうですか?」
東条はそれをまくっていたために露出していた腕にミルクをぽとぽとと落としてむっと唇を曲げた。
「少し熱い」
「ええっもう少し冷まします!」
急いで水道の方に戻ったオレは、哺乳瓶を水にあてながらチラチラと東条の様子を窺う。
ここに来るまでの、どこか切羽詰まった悲壮感の漂う表情は鳴りを潜めて、そこにいたのは息子を慈しもうとして微笑んでいる父親の姿だった。
「どうぞ」
こんどはOKが出るだろうかとそろりと渡したミルクを先ほどと同じやり方でチェックし、東条は暴れる赤んぼうの口に吸い口を差し込む。
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