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雪虫5 54
こちらが驚いてしまうほど力強く吸いつく姿の飛び上がると、それまで硬い表情をしていた東条の顔がふと緩んだ。
「可愛いだろう?」
小さな頭に頬を寄せてすぅっと息を吸い込み、「アルファだ」と呟くと東条は幸せそうに腕に力を込める。
その動作によくよく嗅ぎ分けてみれば、排せつ物の臭いに混じって外で感じたαの臭いがしてきて……今までも小さい子供をみてバース性を嗅ぎ分けて来たけれど、こんな産まれてすぐからαはαだと判断できるのだと不思議に思う。
「正臣」
驚かせないようにそっと名前を呼ぶ声は柔らかさしかなくて、東条は父親の顔をしている。
とりあえず赤んぼうの世話をしている東条に代わって汚れ切ったベビーベッドを掃除して、これからどうしたものかと時計を見上げた。
「君はどうする?」
「え⁉ ど、どうするって言われても……」
本来ならこの住所に東条の番がいなくてほっとするべきところなのだろうけれど、状況を考えるとそういうわけにもいかない。
「私は穂垂がいない理由を探す」
「じゃあ……とりあえず、穂垂さんを連れ出した男を探さないと」
「男?」
さっと低くなった声に、オレよりも赤んぼうが敏感に反応する。
ふぇ……とぐずり出したのを必死になだめながら、東条はどういうことだとこちらを睨んだ。
オレはここに来た時に隣人から仕入れた情報をまとめて話す。
「 っ、そういうことはっ」
ぐっと怒りを飲み込むように呻き、東条はオレがさっき見上げていた時計を振り返る。
オレと時計を見比べ、眉間の皺を深くして……
「この子を連れて、研究所へ戻ってくれないか?」
「は⁉ オレ、子守りなんてしたことないです!」
とっさに言い返した言葉が先ほどと同じことだったことに気づいて、思わず口を押える。
オレのこの言い分で済ませてしまうと、新しいことは何もできないまま終わってしまうことになって……
「君は自分の子供ができた時もそれで終わらせるつもりかい?」
「そんなことないです! でもだからって、責任も取れないのに他所の子供を預かれませんよっ東条さんこそ自分の子供なんだからきちんと責任を持ってください!」
はっきりと言い返したオレに東条はぐっと苦い顔をして……突然、傍にあった大きめのバッグに辺りのものを放り込み始める。
「東条さん⁉」
「…………」
服とおむつと……? さっきまでオレが格闘していたミルク缶も入れて、突然のことにびっくりしているオレの目の前を駆け抜けていく。
それが玄関の方向だってわかった時には、東条はもうドアを蹴破るように飛び出した後だった。
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