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雪虫5 57

「黙れ」  低い声が漏れた瞬間、車内の空気が張り詰めた。  いや、張り詰めたというよりは停止した。  運転手が慌ててブレーキを踏んだために体が揺れたけれど、それだけだ。  人を馬鹿にするようにつんと顎を反らした男もそのまま、はく と小さく唇を震わせているだけで、誰も何も動かない。  東条の腕の中にいた赤んぼうの出す声も聞こえなくなって、呼吸音すらなかった。 「  っ、し ず   ……やめてくれ、君のそれは、子供には……」  ぶるぶると震える手で東条は子供を抱きしめると、オレから隠すように覆い被さる。  前席に乗った二人は何も言わないままで、オレが言ったように沈黙を守っていた。 「穂垂さんは保育士で、子供が大好きな人だったんです、そんな人が大事な赤んぼうを置いてどこかにいくなんてまず考えられません。ベッド、おむつの汚れ方から昨夜から連れ出されたのだと思われます」 「 だ から、遊びに夢中に   なっ  ぐっ」 「室内のものは赤んぼうのものと穂垂さんのものしかなかった。そんな中で現れた男が怪しくはないと言うんですね」 「っ、っ、オメガ、は、放り出しゃぁすぐに、いろんな男に股開く、いきも  っ」 「黙れ」  車内の空気が結晶になるんじゃないかって思えるほど冷たい口調で言うと、男は呻き声を上げながら口を開けられないようだった。  こんな、弱いαが、きゃんきゃんとうるさい。 「  ⁉」  ノイズのように頭に走ったのは驕り昂った自分の声だ。  確かにこの三人の中で『強い』のはオレだったけれど、それじゃあ駄目だと慌てて頭を振る。 「しず  る、くん。頼む、君のフェロモンを押さえてくれ」  東条の爪が窓を開けようとスイッチを引っ掻くが、それはうまくいかず、車内はまだ密閉空間だった。 「貴方たちはオレよりも何が起こったか把握していた。なのにその態度というのがわかりません。オメガを保護する機関の人間がそんなことでいいんですか?」  他の意見や言葉なんてすべて弾き飛ばすよう、一言一言丁寧に言ってやると、前に座っている二人はがくがくと震え始めて…… 「しず  っ」  東条は耐えきれないとばかりに耳を押さえ、赤んぼうの上に突っ伏してしまう。  腕の間からか細い鳴き声が聞こえてきて……それで頭が冷えたのか、オレははっと今の状況を察した。  フェロモンが、漏れている。  しかもだいぶ攻撃的なものだ、あの東条が苦しそうにしているし、二人に至っては水から釣られた魚のように、口をぱくぱくさせてなんとか空気だけを取り込んでいる状態だ。 「あ オレ、そのっ……」

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