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雪虫5 58

 オレは慌てて車の窓を開けて…… 「────っ」  外から流れ込んできた空気に、苦しげに空気を取り込もうとする音と赤んぼうの泣き声がして、オレは冷水を浴びた気分で東条を覗き込んだ。 「すみませんっオレ……」 「  っ、穂垂のことで怒ってくれるのは嬉しいが……子供に君のフェロモンはキツすぎる……」 「すみませんっ……そ、その、オレ  」  オレは一体、彼らに何をしたのか?  αが威嚇や牽制のためにフェロモンを出すことはある、でもこれはそれらとは違うもののように感じる。  東条にもっと話を聞きたかったけれど、車内に響き渡る赤んぼうの声に押しのけられてそれは叶わなかった。  研究所の駐車場で車から降りた後は、四方を黒服達に固められて移動した。  まるでSPに守られているような様相だったけれど、これはオレ達を逃さないためのものだ。  幸い連れて行かれたのが埠頭の倉庫という訳じゃないのでホッとはしたが、状況は何も改善していないままだった。 「────東条くん」  入るように促された先にた瀬能が重苦しく東条の名前を呼ぶ。  瀬能はいつもの少しくたびれた白衣とは違い、三つ揃えの、オレが見ても上等なものだとわかるスーツをきっちりと着こなしていた。  険しい表情と空気に、オレは自身がしてしまったことの重大さに改めて息を飲む。 「瀬能先生……すみませ   」 「彼には無理やり協力させました」  オレの謝罪の言葉を遮り、一歩前に出た東条はそう言いながらオレを背中に隠した。  背が高く大人だとわかってはいたけれど、オレを庇うようにして立つ背中は広くて大きい。 「無理やり?」 「クロノベルで開発中のものです、リリーサーフェロモンの応用で  」 「今、そんな話はいいんだよ」  いつもなら飛びついてきそうな内容の話にも瀬能の態度は変わらなかった。  二人の雰囲気に怖気づいてぎゅっと拳に力を入れると、急に自分が何もできない子供なのだと理解してしまう。  自分がしでかしたことを人に庇ってもらい、なんとかしようとしても結局は他人の手を借りなくてはならなくて…… 「君が覗いたアレがどういうものなのか、わかっているね? どうしてこんなことを?」 「自分の番の行方を捜すためです」  ひやりとした口調は硬く、何か言葉を挟もうとしてもはじき返されてしまいそうだ。 「君の番は保護を求めた」 「理由も知らされず、突然姿を消されてはいそうですかとはいきません」 「ここは、そう言う場所だと君も知っているだろう⁉」 「理由一切に関わらずとは知りませんでしたがね」 「君は安易に、今までに保護されてきたオメガを危険に晒したんだ」

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