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雪虫5 62
「保護を求めるに足る事情があり、我々もそれが妥当と判断した」
「その結果、子供が一人死にかけました」
「そこは保護以降の話であって関係はないだろう? その後事故で亡くなられた人もいるのだから」
「だ 」
「意味のない会話はやめよう。僕は保護したオメガの情報について話す気はない」
「それは、我々の力が今後いらないと?」
「交渉事には応じない」
短く早く言われた言葉は取り付く島もないとはっきりと伝えてくる。
「君はとても優秀な捜索員だった。アルファの優性が強くとも、オメガを軽んじることなく理性的に対応していたのを知っている、我々のこれまでの働きは君がいないと立ち行かない部分もあっただろう」
目は冷ややかなのに、瀬能は穏やかな……いや、穏やかそうな笑みを浮かべて頭を下げた。
「ここで袂を分かってしまうのが非常に残念だ。では」
ふぃ と歩き出した瀬能の視界にはもうすでに東条の姿は入っていない。
まるで何事もなかったようにオレの隣を通り過ぎ、振り返りもしないまま出て行ってしまった。それを追いかけるように、赤んぼうの泣き声がわぁわぁと響いて……
瀬能に腕を出すように促されて思わず身構える。
東条にいきなり注射されたせいか、注射器を取り出されるとなんとなく身構えたくなってしまうのは仕方のないことだと思う。
「一応血液検査しておこう。君、変な注射されたでしょ?」
「あ、はい、……変?」
「言い方が悪かったかな、よくわからないモノ打たれたでしょ?」
言い直されたところで不穏なことには変わりない。
東条は大丈夫的なことを言ってはくれていたけれど、素人のオレにはさっぱりわからないものだし、瀬能に確認してもらっておく方が安心だろう。
「レントゲンとかCTとかも撮りたいけど、……まぁ元気そうだしね。折れてなかったら特にすることもないし」
そう言って注射器を構える瀬能はすっかりいつも通りの様子だ。
あの後、東条は赤んぼうを連れて帰って行ったけれど……正直に言ってしまえば姿を消した東条の番のことが気にかかるから、聞きたいけれど話してはもらえないだろう。
「無茶したねぇ、……君も番がいるんだから自重しないと」
「自重 は、頑張りますけど。あの、オメガが自分から番契約を破棄して、その、不具合じゃないな、何か不調? とかって出ないんですか?」
「うん? もちろん出るよ。特に精神的な部分ではどんなにクソなアルファでもいないよりはマシだって言われているしね」
言いながら瀬能は三つの小さな試験管に血を抜いていく。
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