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雪虫5 69

 雪虫の、甘いのにすっきりとした蠱惑的な香りを少しでも嗅いでしまったらもうダメだってわかっているのに、脳みその血液が足りないからかそれでも大丈夫なんじゃないかなって思えてくる。  だって、オレ達は番だし。  番だし。  番。  この世で唯一の、相手なんだし。 「ゆ  き、む  」 「? なぁに?」  無邪気な返事はオレの腹の中で暴れている凶暴な衝動なんて、存在も知らないって顔だ。  番にもなって、発情期も一緒に過ごしているっていうのに、雪虫はいまだに真っ白で汚れがないような透明感を湛えたままだった。  儚くて、全てはオレの夢だったのかもしれないって思えてしまう。 「あ、の、さ……」  引き倒して頭の先から爪の先まで余すことなく舐めて貪って、愛して……愛して…………  孕ませれたら。  ────ピピピ 「っ⁉︎」  濁っていくオレの意識を取り戻したのは機械が発する堅苦しく甲高い音だった。  瀬能からの着信を告げる音にはっと顔を上げると、その衝撃で滴る汗が床に飛ぶ。 「しずる、でんわ」 「ぅん、うん。出るよ」  帆布でできたバッグを引き寄せると、けたたましい音が一層騒がしくて……冷水を浴びせかけられたような気分になりながら、通話ボタンを押した。 『ねぇ! 君の心拍がおかしいことになってるけど、突入していい?』  キン と鼓膜を痺れさせるようなテンションの高い声に怯みつつ、「大丈夫です」となんとか返す。  本来ならこの研究所のすべての部屋には噴霧タイプの抑制剤が設置されているんだけど、この部屋は雪虫の体質のこともあってそれは使えない。だから、もし部屋で興奮しているαがいるなら警備員の出番となるわけだ。   「瀬能?」 「うん……ご迷惑をかけてすみません、大丈夫です」 『ホント⁉ 抑制剤持って走ろうか?』  後ろでガタガタと音がしているということは、注射器を用意しているのかもしれない。  α用抑制剤の注射器を持って駆け寄ってくる瀬能を思い描くと、ちょっとしたサスペンスホラーになってしまう。 「いえ……なんか、落ち着いたので大丈夫です」  繰り返すオレに、瀬能は不服そうにえーっと声を上げてから電話を切った。  雪虫に首筋を噛まれて、一気に集まった熱は瀬能の勢いに押されたせいか霧散してしまったようだ。賢者タイムにも似た無を一瞬だけ過ごし、傍で心配そうにしている雪虫に向き直る。 「間違い電話だった!」 「瀬能が間違えた?」 「うん!」  そっか と笑う雪虫にほっと胸を撫で下ろす。  瀬能に原因を押し付けてしまったけれど、雪虫がそれで良さそうなのでそれでいいんだろう、いいに違いない。  

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