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雪虫5 70
「じゃあ、キスのつづきする?」
したい! って言ってできるものじゃない。
暴れる下半身をなんとかしないと大惨事になってしまうから、禅でも試してみるか と唸った。
「しない?」
「う゛……ぅん…………えと、昨日! 昨日、いっぱいタクシー乗って、遠くに行ったんだ!」
他の人なら怒り出すかもしれないくらい無理やり話題を変えたけれど、雪虫はにっこりと笑って頷いてくれる。
「それでけがしたんだよね?」
「あ゛っ……はい。ごめんなさい」
話題を変えたことじゃない別の部分で怒り出されて、小さく身を縮めた。
セキがそうするように、雪虫もぷくっと頬を膨らませて怒る。それが可愛らしくて可愛らしくて……恋人を怒らせたんだけど、オレはちょっと嬉しい。
「東条さん覚えてる?」
「とーじょー? いっしょにお仕事した人?」
「うん、その人の 」
姿をくらました番を追いかけて来た なんて物騒なこと言えなくて、わたわたと手を振る。
「その人のっ赤ちゃん! に、会ってきた!」
「あかちゃん!」
ぱぁっと顔が輝くから、そのままその話を推し進めることにした。
雪虫にはできるだけ不穏な話はしたくないし、ここに閉じ込められている分、楽しかったり可愛かったり、綺麗な話を聞いて欲しい。
「何歳なのかわかんないんだけど、ちっちゃくて」
「ちっちゃい!」
「手とかこんなで、でもすごく重かった」
単純な重さで言うなら軽いはずなのに、腕の中で泣いたりうとうと眠ったりすると重くなったり軽く感じたり……とても不思議な体験だった。
「柔らかかったよ」
「やわらかい?」
そう言うと雪虫は自分の頬をもちもちと揉み始める。
刺激を受けて雪虫の頬はすぐに赤くなって、正直……美味しそうだ。
ぱくっといってしまいたい気分になって、慌てて首を振る。
「うん、ぷにぷにしてた」
「おぉ」
推測の部分も入ってしまうけれど、雪虫はリアルで赤んぼうと接したことはないはずだ。
映像で見かけることはあっても、この研究所には赤んぼうがくることはないからきっとない。
「なんか、甘い匂いがしてて」
あの赤んぼうはαで、α同士のいけ好かない臭いもしてたんだけどそれだけじゃない、甘い嗅いだことのない匂いがした。
石鹸か柔軟剤の匂いかと思ったけれど、ぽわぽわとした細い髪がくすぐる度に香ってくるので、きっとあれは赤んぼうの匂いだ。
「なんか、なんか、幸せな匂いがした」
「しあわせ?」
抽象的過ぎたからか雪虫はちょっとわからないって顔をしてくるから、オレは苦笑で返すしかない。
実際に抱っこできたら、オレの言いたいことが通じるんだろうけど、雪虫には無理だろう。
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