602 / 698
雪虫5 75
何をビクついてるんだって自分自身を笑って、携帯電話のロックを外そうと ────した手が空振る。
画面を撫でようとした手が逆に動いて……強い衝撃にもんどり打つように後ろへと倒れ込んだ。
「ぅ、わっ」
声は間抜けだたけど、そんな悠長な話じゃなかった。オレの手首を誰かが掴んでいて……激しく揺れ動く視界にぞっと肝が冷えるような冷たい両目が見えた。
思わず背筋が伸びるような危機感に掴まれた手首を引っ張ろうとして、何もできないままに地面へと押さえつけられる。
オレの下で潰れた草の青臭い臭いが一際きつく香って……
「なんだ、お前」
低い声はこんな暴挙を行ったのに平静でなんの感情もみえない。
まるでこの男にとってこんなことは日常茶飯事だと言っている様子は、ふと大神を思い起こさせる。
「ぃ、てててて! あのっいきなり何を っ」
後ろ手に腕をひねり上げられて、ほんのわずかでも力を込められると激痛が走る。
痛みにじわりじわりと嫌な汗が噴き出して、蜘蛛の糸のようなものにからめとられた気分になった。
「お前、見たか?」
「何もっ何も見てないです!」
更に低くなった声音に尋ねられて反射で声を上げる。
男が何を見たのかどうか聞いているのか、尋ねる必要もなかった。
「そうか」
「ぅ、う……」
「何を見たか尋ねても何のに、よく答えることができたな」
「────っ」
反射的に答えてしまったことに、思わずはっと息を飲む。
「お前、怪しいな」
「あやっ そ、そんなことない、です!」
ジタバタと体を動かそうとしてみるも、結局何もできないままに終わってしまう。
あれほど大神や水谷に対人の戦い方を教わっていたというのになんの意味もなく、のしかかってくる男に怯えながらオレはただ呻いて早く手を離してくれと祈る。
「お前……オメガか」
オレを押さえつけながら唐突に言われて、何がなんだかわからない。
わからないけれど、男の鋭い視線がオレの首周りを嘗め回すように見ているのはわかる。
「あの、オレよくわか 」
ふ と力が緩んで、何はなくともとにかく男の下から這い出そうと腕を出して……再びガクンと衝撃が来て首が反る。
首に回された太い腕が音も立てずに気道を締め付けてくるから、オレは抵抗らしい抵抗もできないままに意識を失ってしまった。
すすり泣きは小さくて、オレが意識を取り戻すまでに随分と時間がかかったんじゃないかと思う。
目を開けると薄暗くて揺れていて、オレは一瞬パニックになったらしく、全身の毛穴という毛穴が開いて汗が噴き出した。
ともだちにシェアしよう!

