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雪虫5 76
突然、声を上げて手足をばたつかせたオレに驚いたのか小さな悲鳴が幾つか上がって、冷水をかけられた気分になって後ずさった。
背中が硬いものに当たってやっと息を吸い込むことができて、跳ねる心臓の音に殴りつけられるような感覚になる。
「 君、大丈夫?」
後から考えればオレを気遣ってかけてくれた言葉なのに、思わず「ひっ」て声を上げて後ずさってしまった。
せっかく吸い込んだ息を詰めて、辺りに視線を遣って……自分以外に三人の人影を確認する。
二人は身を寄せて泣いているようで、もう一人はオレの傍に座り込んでいた。
暗くて部屋の全体はわからないけれど大きくはないし、ものも置かれていないようだ。
「どこか痛いところない?」
「えっあ……」
手が動いて様子を窺う気配がしたのをとっさに避けると、相手は行き場を失った手をためらわせて少し距離を取った。
「す、すみませ……何かされるとか思ったわけじゃなくて……」
「気にしないで、大丈夫だよ。ずっとぐったりしてたから……目を覚ましてほっとしたよ」
ずっとぐったり と言われてはっと辺りを見回す。
何か時間がわかりそうなものを と目を遣るも、隣にいる人の顔もよく見えないくらいの薄暗さで、時計があるのかどうかなんてわかりようがなかった。
携帯電話を探すも、最後の記憶は手の中から飛んで行った姿で……
「オレ……落とされて 」
首を絞められて意識を落とされたんだと思い出して、さっと首を守るように押さえた。
「あのっここ、どこですか⁉ オレ……っ貴方たちは⁉」
「……」
上げた声に二人はびっくりして押し黙ってしまい、傍らにいる人は戸惑うように俯いてしまう。
「……なに」
「申し訳ないけど、僕にもここがどこだか答えることはできないんだ」
そう言うと彼は少しぐずりと鼻を啜る。
「…………誘拐、されてきたんですか?」
オレが見かけた人物が……いや、オレ自身が気絶させられて連れてこられたように、この人達も攫われてきたんだろうか?
ひゅっと喉が鳴って、再び心臓が大きく鳴り始める。
「ぅん」
聞きたくなかった言葉に、オレは頭の中が真っ白になった。
「な、なんで、そんなっ」
「オメガだから、かな」
「オメ 」
はっと首を押さえると、指先に小さな歯形が触れる。
雪虫が噛んだ痕に……オレは救われたんだろう。
あの時男がΩだと思ったから連れてこられたけれど、それがなければどうなっていただろうか? 人をあっさり締め落とせるのだから、そのまま息が止まるまで絞め続けることも簡単だろう。
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