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雪虫5 79
朝、研究所に顔を見せない段階でおかしいとは思ってくれるだろうけれど、だからといってなんの手がかりもなければ……
「どうしたものかな 」
せめて外がどうなっているのかだけでもわかれば、何か行動が起こせるのに。
「あの、怪我をされてたりはしていませんか?」
「 っ、……ぼ、ぼくたち?」
「はい」
しがみついていた二人に声をかけると、左手側の人が返事を返してくれた。
お互いに窺うようにひそひそと言い合った後、「大丈夫」と返事が返る。
とりあえず危害を加えられていないということはわかったけれど、オレができたのはそこまでだった。
何か切るものを探して辺りを探る。
幸い腕は後ろじゃなくて胸の前で縛られているから、何か道具があれば切るのは簡単そうだった。
幾度か歯で噛み千切れはしないかとチャレンジしてはみたものの、嫌な痛みが残るばかりで成果は出なかった。
αの歯は噛みつきやすいように鋭くできているのだから、こんな時に役に立てばいいのに……
緊張状態が続ているからか、三人はぐったりと押し黙ってうずくまっている。
正直、オレ自身もどうしていいのかわからないし暗い中にずっと閉じ込められていて、心が挫けてしまいそうだ。
でもなけなしのαだってプライドで自分を奮い立たせて、とにかくどうにかできないかと扉に向けて拳を叩きつけた。
「 ────おい!」
ぼこん と鈍い音はうまく響かない。
けれどこの音は近くに人がいれば伝わっただろう。
「おい! 漏れる! トイレに行かせてくれ!」
精いっぱいの大声で怒鳴り、もう一度拳を叩きつけた。
手段としては使い古されて擦り切れているような方法だったけれど、王道が一番確実でもある。
「あ、阿川くん⁉」
「せめて周りが確認できないか、可能性にかけてみます」
便所に連れていかれるならば、何かしら周りを見ることもできるだろう。
うまくいけば警察か瀬能に助けを求めることも、縄を切れたらここから逃げることも……
「あ、……そっか」
自分一人ならそれは可能でも、オレの他に三人いる。
オレだけが逃げ出せたとして、じゃあこの人達は?
置いて、行くのか?
オレが逃げたことでこの人達は無事でいられるのか?
この場所がバレるのを恐れて急いで移動されたら? もしくは迅速な移動に邪魔だからと……
「 っ」
最悪な可能性を考えて、扉に叩きつけていた腕が止まる。
オレの安易な行動でこの人達を更に危険な状況に突き落としてしまう可能性があるんだって、怖くなった。
穂垂には子供がいて、穂垂に何かあった場合……オレには責任が取れない。
人の命は何にも代えられないし、オレなんかじゃ責任の取り方もわからないくらい尊いものだ。
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