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雪虫5 81

 ざわ と腹の底から湧き上がる嫌悪感と、Ωが今まで受けてきた人ではないとでも言う出来事に怒りが湧いた。  『もし無理やり口に突っ込まれた場合はな? 従順に舐めるフリして噛みちぎってやればええんよ。相手の服を持ち上げるふりして頭庇うんも忘れたらあかんで?』  かつて研究所の食堂でΩ達が集まった際、みなわが冗談めかしてそんなことを言っていたけれど……そういった考えにたどり着けてしまえるような扱いをされているんだと、ただただ腹立たしかった。 「ほら、漏らす前に    ────ぁ」  体のどこかでぴち と何かが千切れるような音が聞こえる。  それが痛いと感じたけれど瑣末なことだった。  這い出す憎悪を止めることができないままに、急に狼狽始めた男に向けて一歩踏み出す。  何かを纏っていると感じたが、それが何かと尋ねられてもよくわからなかった。ただ、目の前の男を怯ませるのに十分なだけの『何か』がオレを突き動かして…… 「ぁ あ、ぁ゛  ぁ゛  」  男は震えてどすんと尻餅をつき、オレを見上げてくる。  真っ青な顔はお化けにでも出会ったような形相をしていて、オレが随分と恐ろしいようだった。 「どうするべきか、わかるな?」  先ほど男がオレに向けて言ったセリフをそのまま繰り返してやると、男の体がブルブルと大きく震え出す。  それはまるで自分の意志以外のものに体を動かされるのを堪えるかのようだった。 「そう、そんな汚いものはない方がいいな」  あ゛ あ゛ と涙と鼻水を流した男の口から汚い音が漏れ続ける。  オレはじり と足を進めて、冷ややかに男の縮み上がった股間を睨め付けた。  もう、それだけでいいと、本能的にわかる。 「そうだな」    泣き喚く男の手がさっとあがって自分の股間を鷲掴む、腹の肉に隠れて見えにくいそこを……男はそのまま握り潰し始めた。  自分自身の性器を、自分自身の手で肉塊に変える異様な様子に背後からか細い悲鳴があがったけれど、それもすぐにビチビチと肉のちぎれて行く音にかき消される。  肉厚な男の指の間から噴き出す血と肉片。  通常ならば絶対に有り得ない自身の体の傷つけ方だ。 「あ゛ あ゛ あ゛  」  男の濁音ばかりを溢していた口の端から泡が飛び散り、やがて小刻みに揺れていた黒目がぐるりと両目から消えて……  もっと勢いよく倒れ込むかと思っていたけれど、男は緩慢な動きで斜め後ろに向かって倒れていった。  溢れ出した血が床を伝い始めてやっと、オレは飛び上がって後ろを見た。  真っ青な顔をしている三人と股間を潰して気絶している男と……どちらに気を遣るかと聞かれたら、もちろん三人の方だ。 「阿川……くん……」  穂垂は怯えた表情でオレを見て、固まってしまっている。  

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