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雪虫5 82
「あ……ちょ、ちょっと待っててください!」
何か説明しなくてはいけなかったんだろうけど、オレだって何が起こったのかわからない。
体中が痛み出して熱を持ち始める感覚がして、以前に瀬能が「フェロモン過剰滲出による汗腺の筋肉痛」と言っていた症状に似ている。
またあの疼痛に悩まなければならないのか……と、顔を歪めながら男のウエストポーチを漁った。
そこにはオレ達の手足を縛ってある細い縄と多機能ナイフが入っているのを見つけた、小さめの多機能ナイフは少し不安になるサイズだったけれど、それでも歯で縄を切るよりもいい。
「縄を切ります、騒ぎになる前に逃げましょう」
足の縄を切ってから大股で三人に近づくと、さっと息を飲むような緊張感が漂ってくる。
「…………っ」
目の前で起こったことを考えれば、オレだってその態度をとる。
理解はしていても、三人を助けようとしていることに対する怯えた態度に、胸が重苦しい。
「……オレ、は、皆さんを助けたい、だけなんです」
手を差し出そうとしたけれど、そうすると余計に怯えさせてしまいそうで胸元で拳を作った。
「正臣くんに、ただいまって言いに行きましょう」
「ぁ うん」
切り札として出した正臣の名前に、穂垂ははっと顔を上げると頷いてくれる。
きっとオレは怪しくて怖くて何者かわからない存在なんだろうけど、それでもこのままいるよりは息子の元に帰りたい気持ちが勝ったようだ。
穂垂が立ち上がってオレの方に来ると、残り二人もそろそろと立ち上がった。
とにかく、何はなくともこの三人を外に逃がさなければ と、オレは全員の縄を切ってその部屋を出た。
遠浅の海ではない、埠頭の唐突に深くなる海を覗き込むと何とも言えない恐怖感が湧いてくる。
泳げないわけじゃないけれど、フジツボに覆われた壁面は安易に這い上がれないし、しがみつくことすら許さない雰囲気だ。
地獄の穴の縁は案外、こんな感じなのかもしれない。
「下は見ないで、ゆっくり行ってください。向こうについたらすぐに身を潜めて」
使い込まれた渡り板は四人全員が一度に乗るには不安だったので二人ずつ行こうという話になった。
港は倉庫が立ち並んではいるが人気はない……が、逆を言えば人が目立ちやすい状態だ。けれど倉庫の脇に置かれた荷物などがそこらかしこにあるため、簡易な身を潜める場所にはなってくれそうだ。
震える三人を一人ずつ支えながら向こうに連れて行きたかったけれど、股間を潰した男の仲間がいるだろうことを思うとのんびりはしていられない。
二人がゆっくりとした足取りで港へと着き、ぎこちない笑みでこちらを振り返った瞬間、オレは油断していたんだと思う。
さっと視界がぶれて、穂垂の短い悲鳴が聞こえた。
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