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雪虫5 83
「ぅあっ!」
後ろに勢いよく引き倒されて、オレは受け身もとれないままに背中から倒れ込んだ。
「ゃ ! 阿川くんっ!」
見つかったんだって理解するのと同時に、腹に力を入れて「行けっ!」と声を上げた。
渡り板の向こう、少し距離があったけれどあの二人なら何かが起こったことを察知して逃げ出してくれるだろう。
「はぁ⁉ ああっくそっ!」
ごっ と腹に衝撃が来て、思わず体が跳ね上がる。
追いかけるように胸をどんと踏みつけられて、ひしゃげたような悲鳴が喉から勝手に這い出した。
「お前らっ!」
低くどすの利いた声、股間を潰した男と違って筋肉質な男がオレを見下ろして鬼の形相をしていた。
怒りでどす黒く顔色を変えた男に見下ろされて、オレは一瞬その気迫に怯んだ。
このまま体重をかけられると、きっと肋骨が折れる。
殴ってどうにか と思ったが、引き倒された時にしたたかに打ったのか、ひびが入っているよと瀬能に言われたところが異様な痛みを訴えているために、振り回そうとした拳の力を緩めざるを得なかった。
「っ くそ! これじゃあ俺がスズメさんに怒られるだろ」
歪ませた唇の隙間から舌打ちをする男をどうにか ────しようとした瞬間、男の頭が振り抜かれた棒に殴られて真横を向いた。
幸い、ホラー映画のような曲がり方はしてはいなかったが、男は首を直角に垂らしたまま、前のめりに倒れ込んだ。
「 っ、 ……と さ、」
転がったままのオレの視線の先にいた穂垂はぶるぶると震えながらオレじゃなく、傍で立つ大きな男を見てショックを受けていた。
黒い布に覆われた長身の体は普段はスーツに包まれているからか別人のようで、オレを覗き込んで「大丈夫かな?」って声をかけられて初めて、東条だってことに気づく。
「東条さん⁉︎」
「平気そうだね」
オレの怪我の具合を確かめる間もなくさっと視線を逸らすと、東条は穂垂の方へと駆け寄って……
「穂垂っ!」
「っ!」
穂垂は今にも泣きそうな目をきらめかせて東条を見ているのに、その体は後ずさって逃げようとしている。
東条に会えて嬉しいと表情で語っているのに態度はそれとは真逆で、そのチグハグさは傍で見ていて違和感を覚えるものだった。
「穂垂っ……君は、……」
言い淀んだ言葉の先がどんなものだったかはわからない。
甲板に寝転んだオレの目の前で始まったラブシーンに、慌てて目と耳を塞いだからだった。
手の痛みなんかより人のいちゃつきを見る方が嫌だ。
傍には誘拐犯の一人が転がってるってわかっているけれど、見たらまずそうで目も耳をぎゅっと押さえて背景の一部になりきる。
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