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雪虫5 88
「そうい う約束してたなって思い出して。あの子は、特別だ、 するオメガ遺伝子が、 すべてを手放した のためのオメガだ」
激しい銃撃の度に東条の声は消されてしまって聞き取れない。
もう一度! と言って言い返してもらえるものでないのはわかっていたから、オレはただただ耳を澄ましながら東条の言葉を聞いて……
「……君には、辛い現実かもしれないね」
同情のその一言だけが、やけにクリアに聞こえた。
パン と一際大きな銃声が鳴って、部屋の中に悲鳴が響き渡って……けれど、それを最後に静寂が訪れてさっきの音が最後だったんだってわかった。
「と、とうじょ さん?」
扉には窓がなくて、何が起こっているのか確認するためには開けなくてはならなかった。
だから、扉の前にいる東条に声をかけてみたけれど……
「東条さんっ!」
「 聞こえてるよ」
小さな返事は呆れ返っているような調子だ。
「それで、君に伝言を頼みたいんだ」
「は?」
「妻と番、子供達に、愛していると」
「な、なに、いって、縁起 わる 」
「それから、穂垂にはすまないと」
「言うわけないでしょう! 自分で伝えてくださいよ!」
「 ────それでも惹かれるのを止められなかった」
「自分でって言いました!」
そう言うと言葉は少し止まって……
もしかしてと考えてはいけない思考に陥ったためにオレの血の気が下がって、何も考えられないくらい頭の中が真っ白になった。
けれど、そんなオレにあきれ返った声が聞こえてくる。
「乗ってくれてもいいじゃないか。お決まりのやり取りなのに」
まるでいつも通りのやり取りだった。
けれど……扉の下からこちらに向かってくる黒い液体に両手が濡れてしまったから。
「ヒーローみたいだ、くらい、言ってもいいだろ?」
「違う!」
オレの怒鳴り声を皮切りに、遠くから争う音とけたたましい足音が響いて来て……扉を開けようとしたけれど、重いものが扉の前を塞いでいて叶わない。
膝を濡らしていくのは大量の血で……
「違う……こんなのは、違う。あんたはっ! 間違ってるっ!」
オレの叫びに、怯えるΩ達が小さく悲鳴を上げた。
「 意地悪だな」
小さな笑い声がそう答えた。
黒服達と救急隊員が入り乱れる現場から東条が運び出される時、いつものオレをからかった後にするような苦みを含ませたような笑みを見せてくれた。
微かに唇が動いて、「しまらないね」と形を作る。
真っ白な顔をしていたけれど、そんなことができるのなら大丈夫だって安堵して、オレも救急車で運ばれて手当される頃には雪虫に会いたいって気持ちでいっぱいになっていて……
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