616 / 698

雪虫5 89

 思わず「雪虫に会いたい」って欲求が口に出てしまって、むっつりと押し黙ったままギプスを巻いていく瀬能に気まずい思いをしていた。 「ぁ、あの、別に首を突っ込んでいったわけじゃなくてですね。首の噛み痕のせいでオメガと間違えられて誘拐された先に、たまたま穂垂さんがいたんです!」  口の出して説明すると随分と都合のいいことが起こりすぎている。   「ホント! ホントに偶然なんです! 東条さんが助けてくれてホント助かったって    」  いつもならここで、諫めるなり怒るなりの反応が返ってくる。  なのに、瀬能は口を引き結んだままオレの治療に集中しているようだ。  確かに、縫ってもらっていた傷が開いたり、骨のひびが結局折れてしまっていたり、全然大丈夫じゃなかったけれど、いきなり誘拐されてその先で穂垂を見つけて無事? 脱出できたのはいいことだ。  いいこと、だよな?   「君は、まず言うことがあるんじゃないかな」  溜息と共にオレの腕から手を離した瀬能は、やっぱりオレの方をはっきりと見ないまま、パソコンに文字を打ち込むふりをして背中をみせた。   「た、ただいま……じゃなくて、 し、心配かけて、すみません?」 「君はぼくの寿命を縮める天才だね」 「オ、オレだって、やりたくてやったんじゃないです!」  いつもの調子で言い返しても、瀬能はオレの方を見なかった。 「君は、そういう巻き込まれの星の元にでも生まれたのかもしれないねぇ」    少しぼんやりとした言い方と萎んだ背中はいつものエネルギッシュな姿と違い、年相応にくたびれて見える。  東条とのことがあった後にオレがいなくなって、見つかったと思ったら二人とも満身創痍で……オレはあの状態から助かったせいかアドレナリンがおかしいことになっていて元気だけれど、心配する側からしたら気が気じゃなかったのはわかる。  だから、ちょっと気を落ち着かせてから改めて「すみませんでした」と返した。 「…………」  そこでやっと瀬能は振り返ってくれて、くたびれた表情でギプスをはめたオレの手をとんとんと叩く。  痛めつけるような叩き方じゃなくて窘めるような叩き方に自然にしょんぼりと肩が落ちて、オレはそこで本当に心の底から申し訳ないって思った。 「君が悪いことをしたわけじゃないんだから」 「あ、ぅ、そうですけど。……」 「後手後手に回って、君を危険に晒してしまったこと、すまなかったね」  齢を重ねた指先はざらりとしているけれどその分温かい。 「そ、そんなこと、ない、です」  危険なら今までだって十分に危険だった。

ともだちにシェアしよう!