617 / 698

雪虫5 90

 大神に初めて会った時はこのまま海に沈められるって思ったし、城の地下では本当に殺されててもおかしくなかったと思う、やくざの座敷で暴れた時も……  何も今回だけが特別危なかったわけじゃない。  だけど…… 「……っ」  瀬能が触れている指先がぶるりと震えた。  意識したわけではない震えを止めようとしても止まらず、次第に大きくなっていく。 「君はよくやった、怖かったろう」 「こわ  、くないわけ、ないじゃ……ないですか」  男達の持っていたものが簡単に命を刈り取ることができるってこともそうだったし、自分が思っていたよりももっと安易に人の人権が踏みにじられている現実も、オレ一人じゃ……逃げ惑うばかりだったってことも。  あっさり……死んでしまう可能性がちらついたことも。  すべて怖かったし、それ以上にそのことへの対抗手段が何もなかったことが怖かった。  東条は身を張って番を守った。  じゃあ、オレは? あの状況になった時、雪虫を守る方法はあるのか?    それがわからないことも、怖かった。  瀬能はきっと、非日常の経験に対して言ったんだとわかっているけれど…… 「怖くなくなる日が来るんでしょうか」 「恐怖はいいことだよ」 「?」 「命を守ってくれるからね」  瀬能は、時々? 結構? オレのことを実験動物か何かのように思っている節があるけれど、それでもオレを心配してくれていたんだと思うとほっと胸が温まるようだ。 「今日は念のために病室を使えるように言ってあるから、泊まっていきなさい」 「ありがとうございます」  どうせなら雪虫の部屋に泊まらせて欲しかった なんていうと、さすがに神経が図太すぎるか。  正直、満身創痍過ぎて雪虫に心配をかけてしまうから、会わない方がいいんだろう。 「あの……東条さんも同じ病院ですか? 落ち着いたらお見舞いに行きたくて……」 「残念ながら違うよ」    瀬能は椅子をキィと鳴らしながら背を向け、またキーボードをカタカタと鳴らしている。   「どこの病院か教えてもらえますか?」 「怪我が治ったらね」  瀬能はくるんと椅子を回してこちらを睨んだ。  腕は折れているし、縫合してもらっていた傷は裂けて縫い直し、打ち身もたくさん増えている、ましてや死ぬか生きるかの体験をした直後……そんな状態で何を言っているんだって、その睨みが言っていた。 「う……わかりました」  あんまり遠い病院じゃないといいんだけど……  見舞いに行ったら、あんな遺言を言づけるなって怒らなきゃいけない。……でも、最後にしまらないなって呟いた姿は、いつもの立派な大人って雰囲気がなくて、いつも以上にとっつきやすかった。

ともだちにシェアしよう!