620 / 698
雪虫5 93
その感情に嘘はない。
だから、新しいパートナーを得て進んでいくのを、祝いたい気持ちはあっても止めようとは思わなかった。
「……父を、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる。
もっとしっかりとお辞儀するべきなんだろうけど、肋骨は痛いし腕は折れてるし……これで勘弁してもらおう。
「う、うんっ! ぁ、はい! 任せてください」
もしかしたら拒絶される未来ばかりを考えていたのかもしれない。御厨はオレの言葉に慌てふためいて、しどろもどろだ。
嬉しそうにもじもじしている御厨を案内して出入り口に着くと、守衛がオレを見て怪訝そうな顔をする。
「病院に向かうって知らせが来てたけど?」
「すみません、途中で迷っていた御厨さんを見つけたんで……病院には外から行きます」
「ああ、なるほど」
オレと御厨のタグチェックとオレの行動が変わったことに対する報告と……手間をかけさせてしまってすみませんと縮こまる御厨は、気が弱そうだと感じる部分もあるけれど若葉に害があるようには見えない。
人間、ぱっと見の印象で決めつけてしまっていいものじゃないのはわかっているけれど、守衛に対しても丁寧に対応している部分を見て、ほっとする。
御厨なら、若葉をぞんざいには扱わないだろう。
若葉が無駄に過ごした人生のかけらでもいいから、取り戻せたらいいなって思った。
当分は役に立たないから自由にしていいよ って言葉は、慈悲なのかなんなのかよくわからない。
役立たず宣言をされてしまうと、なんだか自分の存在が揺らぐように感じてしまうのは、常に忙しく動き回っていたせいだ。
せめて雪虫の身の回りのことだけでもしようとしたけれど、満身創痍なオレじゃ雪虫に心配をかけるだけだった。
「とりあえず畑は黒服くんに頼んどいたし、食事は鷲見くんが引き受けてくれるから。後の細々したのはうたくんと……彼、巳波くんが担当してくれるから」
瀬能が紹介してきたのは一人のΩだ。
いつもはうたとセキで雪虫の相手をしてくれていたけれど……セキは…………
「…………」
「巳波くんは今までもオメガの集まりで雪虫に会ったことがあって、仲良くしているのを見かけてるからちょうどいいと思ったんだ」
「……ええ、はい」
「うたくんはうたくんで僕の手伝いも兼任してるからね。手が回らないこともあるし」
うた一人に負担を強いることはできないことはよくわかっているけれど、雪虫の傍に新しい人間が近づくんだと思うとそわりと落ち着かなくなってくる。
とはいえ、目の前の少年はニコニコとしているからムッとするわけにもいかない。
ともだちにシェアしよう!

