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モザイク仕立ての果実 9
僕の前には大皿にたくさんの種類のおかずが少しずつ盛られていて、椀のお味噌汁は一目でわかるほど具だくさんだ。
手前にある白い茶碗には雑穀を混ぜ込んだご飯がふっくらと盛られていて、おしゃれな和風カフェのランチのようだった。
とても美味しそう だけれど、置かれたのは僕の傍にばかりだ。
「喜多さんの分は?」
「巳波ちゃんが食べてる間にデザートを作ってしまおうと思っているんだ」
「だったら、デザート待ってから食べましょうよ」
人の家に来て、一人だけ先に食事をするって言うのはばつが悪すぎる。
「あー……食器がこれしかなくて」
喜多はネタ晴らしとでもいうようにぺろりと舌を出してみるけれど、そんなことをされたって現実はどうにもならない。
僕は目の前の皿を喜多の方に押しやって、もぞもぞとソファーベッドへと移動する。
「食べないの?」
「食べられるわけないじゃないですか! お世話になっておいて家主の分を食べるなんてできませんよ!」
「オレは会社の帰りに食べたし、お腹は空いてないから 」
セリフの途中でくぅ と喜多の腹が鳴った。
僕の腹の虫も空気を読めなかったけれど、喜多の腹の虫も空気を読めないらしい。
「あ はは、お腹が活発に動いているだけで……」
「ご飯はおにぎりにしたらいいんじゃないですか? フォークならあるでしょ? それなら二人で食べることができるから……」
そう言ってやるときらきら と喜多の瞳が輝いて、いいアイデアだね! って言いながらキッチンの方にとび出していく。
簡単なことにも気づかないなんて、αの癖にどんくさい……と溜息を吐いていると、視界の端で何かが動いた。
かたん
思わずビク と肩を竦める。
キッチンからは電子レンジを使っている音がしているけれど、それ以外に音らしい音はない。
「あ、え? えぇ?」
食器が一人分しかないって言っていたから、他に誰かいるわけでもないだろうし……さっきのは気のせいか と向き直ろうとした瞬間、きぃ と喜多が寝室だと言っていた部屋のドアが動く。
ゆっくりと隙間を開けていくドアは明らかに自然に開いたのではない動きをしている。
「ひゃっ ひゃぁ!」
何事か⁉ と声を上げた瞬間、茶色い塊が飛び掛かってきて、僕は逃げる間もなく襲われて……ぺろんと舐められた。
「は、は⁉ はぁぁ!?」
とっさに振り回した手がもじゃりとした感触に触れて、その下の小さな体に辿り着く。
激しく呼吸をする口が再び僕を舐めて……
「ぃ、犬っ犬がっ っ、喜多さんっっ! 犬っ!」
ひぃ と裏返った声で叫ぶと、キッチンの方からひょっこりと呑気に顔を覗かせる。
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