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モザイク仕立ての果実 11
「犬っ! いぬのいる 場所 に、なんか、 むりっ」
這うようにしてドアににじり寄る背後で再び「わん!」と吠えたてられて、それ以上動けなくなった。
ぶるぶると震える手は床をかくけれど力が入っていないから体を動かしてはくれない、ひぃひぃと食いしばった歯の隙間から悲鳴が零れるけれど声になっていなくて隙間風のようだ。
「巳波ちゃん⁉ 巳波ちゃんっ!」
甲高いわんわんという声が少し遠のいてからドアの開け閉めの音がする。
繰り返される鳴き声は頭蓋骨の内側をゴリゴリと削りとるようだ。
「っ っ、ぅ 」
怖くて、怖くて、とにかく何かに縋りたくて手を動かすと、さっと大きな手が僕を掴んで抱え込む。
大きな体は怖くって、αの臭いは怖くって、太い腕は怖くって……なのに今、喜多の腕は僕をしっかりと抱き締めてくれている。
「巳波ちゃん、ココアは向こうの部屋にいるからもう大丈夫だよ」
「 っ、ほ、本当に?」
「うん、この部屋にはもういないから大丈夫」
熱いくらいの腕の中は怖くて堪らないαの腕の中なのに、犬から守ってくれているんだって思うとしがみついている手を離せない。
まぁ、本当に犬をどっかにやったかどうかわからないから、もうしばらくいてやってもいい。
息を詰めて気配を窺って……
「 っ、鳴き声するけどっ!」
「ごめんね、寝室に閉じ込めただけだから……でも、ちゃんと戸は閉めてあるから出てこないよ」
そんなこと言ったって、僕が注意を逸らしたらドアを開け放つかもしれない。
口先だけのαは信じられないから、じっと睨みつけていると……なんで照れるんだよっ!
こっちはいきなり嫌いな生き物に飛びつかれて半死半生なのに!
「お水飲む? ココ……えっと、ホットチョコみたいな方がいい?」
犬の名前だからか喜多は言い直すと、他にコーヒーもあるよ と慌てて付け加える。
「お水でいいです。どんだけ図々しい人間だと思ってるんですか」
「そんなこと思ってないよ! ちょっとでも落ち着けたらいいなっておも 「もう大丈夫です!」
しがみついていた手を離し、テーブルの上に置かれていたペットボトルの水を勢いよく飲む。
「ゆっくり飲まないと噎せちゃうよ!」
「大丈夫です!」
はっきりと言い返し、もう一口ごくりと飲み込む。
冷たい水が食道を伝い落ちていく感触に震えそうになったけれど、唇を引き結んで我慢する。
「じゃあおにぎり作ってくるから、少し待っててね」
いちいち僕に確認なんてとる必要ないのに、一言告げてから出て行く喜多の背中を見ながら座りの悪い思いだった。
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