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モザイク仕立ての果実 13
僕くらいなら余裕で横になれるだろうけど、喜多の身長じゃ無理だ。
頭か足が出ちゃうから仕方なくダンゴムシみたいな体勢になって、眉間に皺が寄っている。
その眉間をつっついて解してあげたかったけれど、傍に茶色い塊がいたからそろそろと足音を忍ばせながらキッチンの方へと向かう。キッチンに出てしまえば犬との間にはドアがあるから襲い掛かられなくても済む。
そぉっとドアを開けた瞬間、小さな軋みがして茶色い耳がぴくりと立ち上がった。
「ひっ」
大急ぎでドアの向こうにとび出して、力いっぱい叩きつけるようにして閉めたのと、犬が飛び掛かってきたのはほぼ同時だった。
すりガラスの向こうで蠢く物体に気圧されて、そろそろと後ずさる。
「巳波ちゃん⁉ 起きたの? おはよう!」
呑気な声が聞こえてくるけれど、喜多との間にいる生き物がキャンキャンと叫ぶから、僕は飛び上がって玄関ドアにしがみつく。
「待ってね、今ココアを寝室に入れてくるから。そしたら朝ごはんの準備をするからね」
茶色い塊が掴まれて浮かんで消えていくのを見送ったけど、僕の心臓はずっと鳴りっぱなしだ。
「ぃ、いいっいい! 朝ごはんはいらない!」
一際大きくキャン! と鳴かれて、もう我慢できなくて玄関ドアを急いで開ける。
「ありがとうございました! お世話になりました!」
僕の声は鳴き声にかき消されて喜多には届いていなかったかもしれない。
背中でバタンと響く音を聞きながら駆け出して、中途半端につっかけた靴がすっぽ抜けてやっと立ち止まる。
「もっもっ……もーむりっ!」
猫も鳥も虫も苦手だけれど、犬は絶対にムリだ!
どうして犬のいる場所で一晩眠れてしまったのかが不思議なくらいで、僕は昨夜のことを思い出してぶるりと身を震わせた。
「 あ! 荷物っ……」
慌てて出てきたせいで鞄も何もかも置きっぱなしだ。
最悪な場合、着替えはどうとでもなるけれど、財布と携帯電話はなくなるとどうにもならない。
「と、とりに……」
さっと後ろを振り返って、喜多のアパートを振り返るけれど……もう一度あのきゃんきゃんと鳴く犬のところに戻ろうとは思えなかった。
研究所の受付に声をかける。
以前はにこやかに返してくれていたのだけれど、今は僕をちらりと見て「申請してください」ってつっけんどんに言うだけだった。
「ほんのちょっとなんです! 財布も携帯も無くしちゃって……ちょっとお金を借りるだけだから、母さんに連絡を……」
必死に言い募るも受付の人は知らんぷりだ。
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