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モザイク仕立ての果実 24
玄関から入って来るのは家主だ。
上がり込んでくるのに一切の躊躇をしないまま近づいてくるのが音でわかる。
「ぅあ、あっあっあっ」
バサバサ と手に持っていた物も、まだ洗濯籠に入っていた物もまとめて洗濯機に放り込んだ。
急いで洗面所の窓を開けて換気扇を回して……噴き出した冷や汗を感じながら振り返るのと、喜多が洗面所を覗き込むのが同時だった。
「あ、ここにいたんだ」
「ぉかぇ、 りっ」
ついさっきまで快楽を追いかけていたせいか僕の声はかすれてて、明らかに変な返事だった。
けれど喜多はにこーっと笑うと、「洗濯ありがとうね」って言ってリビングの方へ行ってしまう。
喉元まで出そうになった心臓を宥めつつ、シャツを引っ張って収まりの悪い前を隠しながら後を追った。
「今日、早くない?」
喜多が出勤のために出て行って、さぁそろそろ洗濯機回すかってなるまでそんなに時間はかかってない……はず。
ちらりと時計を確認してみるけれど昼にもなってないから、やっぱり帰ってくるには早い時間だ。
もしや見守りカメラみたいなのを仕掛けてて、僕があんなことを始めたから急いで帰ってきたのかなって邪推するけれど、洗濯機のある洗面所にはもともとカメラを置いてなかったことを思い出す。
「ホントに、空気読めないやつ」
中途半端に弄ったせいかもじもじとしたくなるような燻る熱が腹の底に溜まっているし、下着はなんとなく湿ってて気持ち悪い。
「え? え? ご、ごめん! ゆっくりできないよね? 今日は家でできる仕事だったから持ち帰ってきたんだ、ちょっとココアもちにも会いに行ってこようかなって思って……だからすぐに出かけるよ! ゆっくりしてていいからね!」
まくし立てるように言うと、喜多は会社の鞄をリビングの端に置いて慌ただしく寝室に着替えに行った。
どちらが家主なのかわからない なんて僕が思っちゃいけないんだろうけど、喜多の態度を見ているとそんなことを思ってしまう。
「ふーん、すぐに出て行くんだ」
「うん! 帰りに何か買ってこようか? 必要なものある? 食べたいものは? この前、気になるって言ってたお菓子探してこようか?」
続けざまに質問されて、僕は思わずどん! って足を踏み鳴らす。
「そんなにまくし立てられたって、答えられないでしょ!」
きつく言ったせいか喜多がびくりと身を竦める。
僕の顔色を窺う様子は主人に怒られて萎れる犬のようで、僕はそれがちょっとくすぐったく感じた。
「もっと落ち着いて考えたいんだけど」
「あ! そっか……じゃあ……何か欲しいものがあったら連絡してくれる?」
「……うん」
むすっとしたまま返事をしたのに、喜多はそれでも嬉しかったのかニコニコしながらプライベート用の鞄を持って出かけて行った。
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