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モザイク仕立ての果実 27
目隠ししてるけど自分ちの風呂なんだから大体の場所なんてわかりそうなのに、喜多はおろおろと手を上下左右に振りながら壁を風呂から出て行こうとする。
「わっゎ!」
足元の濡れた服につまずいた瞬間、大きな手がバタバタと振り回されて偶然……たぶん偶然だと思うんだけど、僕のネックカバーを引っ掻けた。
僕のはおしゃれ用じゃなくて、なかなかしっかりと項を守れるタイプのものだったから、千切れずに引っ張られてあっさりと体が傾いだ。
いきなり崩れたバランスは立て直すのが難しくて……きっと湯船かどっかに頭をぶつける! って思った。
けれど、倒れ込んだ僕はどこにも痛みを感じなかった。
その代わりにぎゅうぎゅうに抱きしめられて、息ができない!
「ちょ、ちょっと! くる しっ 」
「ん゛ー……巳波ちゃん大丈夫?」
僕の下敷きになった喜多は眉間に皺を寄せながら小さく呻いている。
「ぅ……手、離してよ」
「うん、ごめんね」
ごめん と繰り返しながら、僕の下から這い出す喜多の背中に赤いラインができていた。
湯船の縁で打ったんだろうなってぼんやりと見上げていると、「大丈夫?」って尋ねてくる茶色い瞳と視線が絡む。
カフェオレ色がつやつやてかてかしていて、表面にはっきりと自分の顔が見える。
シャワーを浴びたばっかりだからぐっしょり濡れてて、肌にネックガードだけが黒々としていて……それが、はっきりと映っていた。
「 な、な……なんで目隠し外してんだよ!」
そう叫んで、僕は喜多が目隠しに使っていたタオルを握った手を振るった。
入金を確認して、母と妹にお土産を買って研究所に向かう途中で花屋を見つけた。
店先にはいろんな花が並んでいてカラフルだ。
普段は花になんか興味はなかったけれど、ついふらふらと近づいた。
よく見かけるけれど名前も知らなかった花につけられたネームプレートを覗き込み、こんな名前だったのか……と感心する。
ピンクのチューリップや白い薔薇なんかも覗いて、プレートの角に書かれていた花言葉を読んでいく。
ちょっと気恥ずかしくなるような花言葉もあって、なかなか面白いものだと次を見ると青いアネモネだった。
雪虫の瞳ほど透明感があるわけではなかったけれど、上品に咲くその姿はどこか雪虫を思わせる。花言葉を確認して……隣の白いアネモネも見て、清楚な雰囲気がぴったりだと思った瞬間、心が浮き立つ。
青と白のアネモネの花言葉にどくんと鼓動が跳ねた。
赤いアネモネはちょっと勇気が出なかったから青と白だけで小さなブーケを作ってもらった。
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