664 / 698
モザイク仕立ての果実 32
電車の中かもしれなかったし、全然避けずにぶつかってきた道端のおっさんかもしれないし。
よくわからないけど、僕が無くしたわけじゃないのにめちゃくちゃ困ってしまったってことだ。
「でん 電話……喜多さんのはないのか……」
アドレス帳の整理なんでしたことがなかったから、僕のアドレスの数がすさまじいことになっていたらしい。だから、チェックには時間がかかって……親しそうな人間のチェックを優先させたせいだった。
家の鍵がなければ中に入れない、中に入れなかったらケーキを冷蔵庫に入れられない。
しかたなく、喜多に鍵を借りるために職場に向かう。喜多の職場っていっても、以前には僕もそこで勤めていたんだから僕の職場って言ってもおかしくない場所だ。
入り口で……どうしようかと唇をとんがらせる。
見かけた誰かに声をかけて喜多を呼び出してもらってもいいんだけど……この会社は喜多とのトラブルで大騒動して辞めたところだから、今更喜多と仲いいんですってなったら、変な顔されそうだ。
それが非常に面倒臭い。
一番なのは喜多が出てきてくれることだけれど……
「 ────あ」
困っているといいことが起こるのは、僕の普段の行いだね!
「喜多さん!」
会社の玄関から出てきた喜多に背中から声をかけると、びくっと飛び上がった。
「み、巳波ちゃん?」
振り返った喜多はびっくりしたのか目も口もぽかんと開いていて面白い。
家の鍵が って言いそうになったところで、喜多に続いて社員の人が何人かぞろぞろと出てきた。
「……君 」
その中でざわりとした気配が立ち上がる。
はっきりとわかるほどのマイナス感情が渦巻いているんだって、肌が感じ取れるくらいだ。
「あんた! なにノコノコ顔見せてんの!」
一番に上がったのは……確か、事務をしていたΩのおばさんだった。
「まだ何か喜多さんに難癖付けに来たんでしょう⁉」
「まだそんなことやってんのかよ! いい加減に人に迷惑かけるの止めろよ!」
まくし立てられるように言われて、僕はきょとんとして喜多の方へ視線を向けた。
僕と喜多の間には人が何人も立ちはだかって、僕から喜多を守ろうとしているのが一目瞭然だ。
「え……そんなんじゃ、ない し」
「だいたい、あんなことしてどの面下げてここに来れたワケ?」
「あんたが自意識過剰で騒ぎ立てて警察まで呼ぶから、喜多さんは全部のプロジェクト下ろされて、資料整理の仕事させられてるんだよ⁉」
「みんな、喜多さんがリーダーでやる気出していっぱい企画も進行してたのに……」
「おかげで、喜多さんの出世が潰れたって、知らないのか⁉」
ともだちにシェアしよう!

